後日談

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「──お疲れ様です」急に声をかけられた。 「なんだ、お前も手伝いか?」 「今回のことを肝に銘じろって。下っぱからやり直せって大倉さんに言われまして」立石はそう言って困ったように笑った。確かに下の者をまとめるうちに、自分の力量を超えて慢心してしまったことが今回の原因だと言えなくもない。 「まさか梨田さんもチラシを配ってるとは思ってなくて」 「あれは個人的な問題だからな」 「木崎さんって何者ですか?」立石は橋下に興味深げに尋ねた。 「──ああ、アイツは俺の知り合いだ」  ああ、と立石は納得したように頷いた。 「あのお二方は凄いですね。あんなことばっかりやってますけど、チラシを渡した人はほとんどビルに入っていきます。俺なんてまだまだですね」 「まあ、精進するに越したことはねえがアイツらを参考にするな。アイツらは特別だから。特別にどうかしてる」 「はあ」立石は首を捻った。  男性四人組がそばを通りかかった。 「そんなに心配すンなって」 「心配だろうが! キャバクラだぞ!」 「美紅はそんなタマじゃねえだろ」ピアスを耳にたくさんつけた大柄な男は呆れたように言った。  カジュアルな服装が二人とスーツが二人。なんの集団なのだろうか。 「あっ! チラシ配ってますって。オニーサン、チラシ貰ってもいいすか?」その中のキツネ目の男が木崎に話かけた。 「割引券とか付いてないっすか?」 「付いてますよ。ちょうど四人様まで使えます」 「ラッキー! ところでオニーサンに連れて行ってもらったら安くなるとかねえすか?」  木崎が言い淀んでいると、これまた背の高い眼鏡のスーツの男がそれを止めた。 「キツネ田くん。客引きは条例違反ですよ」 「橋口。キツネ田から聞いてるんだから、そのオニーサンは何もしてねえだろ。ごめんな、変なこと言って。驚いただろ?」ピアスの男はそう言って木崎に笑いかけた。 「もしよかったら案内してくれねえかな。俺ら初めてだからよ。こいつのイイ(ヒト)がここで手伝いやってるンだよ。それで心配でうるせえの」そう言って背の低い目つきが鋭いスーツの男を指した。 「わかります」木崎はそう言ってそのまま四人組を案内しながらビルの中に入って行った。 「──あのスーツの二人、刑事(デカ)だろ」梨田は呟いた。 「だろうな。しかもこの辺の管轄じゃなさそうだ、見かけたことがない」 「え?」立石だけはどうやら気がつかなかったらしい。 「よく案内できるよなあ。どうかしてるぜ、木崎」 「アイツはいつもどうかしてるだろ」橋下は呆れたように言った。  橋下はそれからビルの中に入って行った。エレベーター前で電話をかけるふりをしながら、エレベーターに乗る客を観察した。エレベーターはほとんど四階で止まった。七階に向かった客も数組いたようだが、すぐに出てきた。中には七階から直で四階に向かう客もいたようだ。このままいけば、そう遠くないうちに〈clubD〉は潰れるだろう。  橋下は安心してビルの外へ出た。立石も頑張ってチラシを配っている。  どうやら〈東会〉の目論見はうまくはいかないことは決まったようだ。  これでまたいつもの横浜が続いていくだろう。橋下は安堵して桜木町の駅に向かった。  fin
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