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途中でSAに寄って運転手を交代した。次の運転は菅原だ。時間は順調だった。だが走り出して程なくして副島が次のSAに寄るように指示を出した。体調でも悪いのだろうかと橋下は副島をチラリと見たが、そんなことはないように感じた。
SAに着くとすぐに副島は運転席に向かった。そして「私が運転します」と言って菅原を退かせてしまった。あまりの早技にみなポカンとしてそれを眺めるしかなかった。
「チンタラ走ってンじゃねえ」副島はそう言ってすぐに発進させた。大倉は慌てて助手席に座った。
「名古屋に着くのに三日かかるわ」
「すんません」菅原はそう言って小さくなった。橋下は小声で気にすんなと囁いた。どうせ暇を持て余していただけに違いないのだ。
菅原の運転は遅くはない。ただ少し丁寧なだけだと橋下は思っている。実際一番寝やすい。副島がスピードを出すのが好きなのは単なる個人的な趣味だ。
副島はどんどんスピードを上げていった。
「どうですか? アセントに乗った時と変わらないでしょう?」副島は自慢げに言った。
「いや、まあ」大倉は曖昧に答えた。
「おや、何か違いますか?」
「あー、なんつーか遠山の親父さんの時は『うおおお、すげえ』って感じで、もっと荒々しいっていうか。車が違うせいもあるんですかね?」
「は?」
副島はアクセルを踏み込んだ。急な加速で身体が持っていかれる感じがした。
「荒々しいってこんな感じですか?」
「いや、そういうんじゃなくて」大倉は真面目に答えている。
そこは適当に答えてもらえないだろうか。酔うまではいかないが、安心して眠っていられない。橋下は二人の会話をぼんやりと聞いていた。なんだかんだと言い合っている。大倉もだいぶ副島に慣れたらしい。
それはそれで喜ばしいことではある。だが今やらなくていい。橋下は仕方なく目を閉じた。どう考えても眠れる気はしなかった。
「あ、マルシン積んだカブじゃん」立石が急にそう言うと菅原も慌てて目を向けたようで「マジかよ! マルシンじゃん!」と叫んでいた。うるさい。
それから二人は「そうなんだよー藤村くん」とか言い出して、宮大工の真似が始まった。「釘なんか使わないよお」菅原がそう言うと立石がギャハハと笑った。
それから〈建もの探訪〉の渡辺篤史の物真似が始まり、最終的には「小林製薬の糸ようじ」と菅原が連呼して、立石が腹を抱えて笑い出した。
「お前ら、うるせえぞ」橋下は薄目を開けてみていたが、とうとうすっかり目が覚めてしまった。
「すんません」
「なんだよ、さっきから〈小林製薬の糸ようじ〉って何回も言いやがって。テメエら小林製薬の回しモンか?」
「違いますよお、〈水曜どうでしょう〉ですって」
「橋下さんは見てないんすか?」
「見てねえわ」
「えー、橋下さんの世代なら絶対観てると思ったのに」菅原が口を尖らせて言った。
「俺の世代なら何でお前らが観てンだよ?」
「再放送っすよ。tvkの」
橋下は少し驚いた。立石や菅原の世代ならテレビなんか観ないと思っていた。しかも昔の番組なんて。
「お前らくらいだとYouTubeなんじゃねえの?」
「そりゃあYouTubeも観ますけど」立石と菅原が顔を見合わせた。
「ずっとは観ないっすよ。広告ウザいし」
「なんとか会員になると広告ないんじゃなかったのか?」
「そんなカネないっす」
「〈猫ひた〉と〈関内デビル〉が観られればそれでいいんで」
「それはなんだ?」
「tvkの番組っす」
お前らはtvkの回しモンか? そう言いたい気をグッと堪える。確かに立石と菅原が十分に稼げているかというと、そうでもないだろうと思ったからだ。
そして二人は何やら歌い出した。よく分からない。だが楽しそうなので放っておくことにした。
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