episode 2 名古屋へGO 2

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「そういや副島さんはカラオケで何を歌うんすか?」  いきなり菅原がそう言った。どうして副島がカラオケに行く前提なんだ? 「そうですねえ」副島はそれに乗ってきた。橋下は少し驚いた。副島はそういう話はあまり好きじゃないと思っていたからだ。 「聴くのはJAZZですけど」  JAZZだって。カッケーな、と立石と菅原は小声で言い合っていた。 「歌うとしても洋楽ですかね。日本の曲はあまり知らないんで」 「どんな曲ですか?」立石もノリノリで聞いている。 「エド・シーランとかですかね」 「「「は?」」」  立石と菅原は自分達で聞いておきながらポカンと口を開けて副島を見た。加えて隣に座っている大倉も驚いて副島を凝視している。 「マ、マジすか……」 「マジですよ。エド・シーランは好きなんで」  大倉の問いに副島はサラッと答えた。「〈Bad Habits〉とか〈Shape of You〉とか歌いますねえ」 「マジすか! じゃあ今度一緒に〈2STEP〉歌いましょうよ! 俺、リル・ベイビーやるんで!」  大倉は早口で捲し立てた。橋下は何を言ってるか全然分からなかったが。 「それって大倉の兄貴だから言えるンだよなあ」 「あんなにラップ出来ねえって」  立石と菅原はコソコソと言っていた。なるほど、ラップの歌なのか。橋下は自分の範疇外だなと思った。 「そういえば若頭ってカラオケで歌ったりするんですか?」立石がふと漏らした。 「若頭も洋楽派ですかねえ。〈Fly Me To The Moon〉とかお上手ですよ」  菅原が「〈Fly Me To The Moon〉?」と言ったので、大倉がひと節歌ってみせた。 「ああ〈エヴァンゲリオン〉の曲だ!」菅原が嬉しそうに叫んだ。 「あとはベン・E・キングの〈Stand by Me〉とか」  やっぱり菅原が首を傾げたので大倉が歌ってやった。菅原はすぐに「知ってる!」と叫んだ。 「そういや真中さんも歌うまいよなあ」と大倉はふと漏らした。 「どんな歌を歌うんですか?」立石はワクワクしながら聞いた。 「真中さんはサザンだな。〈いとしのエリー〉とか〈真夏の果実〉とか、絶対口説くのに使えるだろみたいな」 「え? でも真中さんってオンナ運ないって」菅原がそう言いかけて立石に思いっきりどつかれた。 「ほ、本部長もすげえって聞いたんですけど」立石が慌てて言った。 「本部長は演歌ですねえ」 「〈北の漁場〉とか最高だぞ。北島三郎の」  へー、と二人は口を揃えてそう言った。確かに本部長はド演歌派だ。 「じゃあ親父も演歌っすか?」 「演歌も歌いますけど、十八番は〈My Way〉ですよ、シナトラの」  すげえなあ、とまた二人は口を揃えた。 「歌が上手くねえと幹部にはなれねえのかな」 「そんな感じするな」 「え?」  最後に言ったのは大倉だった。 「いま『え?』って聞こえたような?」 「聞こえたっすよ」  二人が大倉に目を向けると、大倉はチラリと後部座席を見た。それを二人が見逃すはずもなく、ゆっくりと二人も振り返った。 「な、なんだ!?」 「橋下さんは何を歌うんすか?」 「い、いや、俺は、その……歌わなくていいって言われてるっつーか」 「「歌わなくていい?」」立石と菅原の声が揃った。 「橋下さんは〈北の宿から〉しか歌えねえから」大倉が小声で説明した。全然小声になってはいなかったが。 「し、しかたねえだろッ!」 「しかもとんでもなく調子っぱずれだからな……って亘が言ってました」大倉はシレッとそう言った。 「うるせえって言っとけ」橋下はヤケクソになってそう叫んだ。  橋下はどうしようもなく酔っ払うと泣き出して、しまいには〈北の宿から〉を歌い出す。だいたいそういう時は次の日に記憶はない。もちろん連れて帰らないといけない。 「──だったら〈北の国から〉を歌えばいいんすよ!」菅原は何やら自信ありげにそう言った。「あーとかラララとかしかねえし」 「あ、それいいかも!」  そういう問題じゃねえわ。橋下は仏頂面でふて寝を決め込むことにした。立石と菅原は「寝釣り! 寝釣り!」と喚いていたが無視することにする。
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