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**  もう一つの事務所までは車で五分もかからない。橋下と菅原が部屋の中に飛び込んだ時にはまだ殴り合いは続いていた。 「なにやってンだッ! テメエらッ!」橋下の怒号が響いた。 「うるせえ、止めんじゃねえ……って、え!?」中の一人が怒鳴り返してきたが、橋下に気がついて驚きの声をあげた。 「いいから止めろッ! 馬鹿野郎がッ!」  やっと大多数の者が橋下の存在に気がついた。慌てて二人を止め始めた。立石は抗戦一方だったのだろう、相手と比べてダメージが大きく出血していた。  立石に仕掛けたのは高田だった。高田は菅原よりもだいぶ後に入ってきた男だ。だが相模原辺りで半グレとしてやってきたキャリアがあるらしく、年齢は菅原よりも上だ。仕事の覚えも早くスマートさもある男だったが、上を敬うという態度に欠ける男だった。 「で、原因はなんだ?」その場が鎮まると橋下は低い声でそう尋ねた。 「この野郎が俺のオンナに手ェ出したんですよッ!」高田は大きな声で立石を指差しながら叫んだ。 「──出してねえし、知らなかったし」立石はくぐもった声でそう返した。 「兄貴だからってヒトのオンナに手ェ出していいのか!?」  兄貴に言われたら自分のオンナだろうがなんだろうが差し出すというのは、昔気質の本部長の考えなら当たり前のことだ。確かに昔はそれでよかった。だが今の時代は一方的なジャッジは反感を生む。しかもネットの影響か、そういう間男的行為は奪っていった方が断罪される傾向にあることを橋下は知っていた。 「両方から詳しい話を聞く。まずは高田からだ。菅原、立石を手当しとけ」 「はい。あ、でもこっちに救急箱がなくて」 「だったらあっちの事務所に連れて行け。いまは誰もいねえだろ」  菅原は立石に手を貸すと事務所を出て行った。  橋下は高田の話をとりあえず聞いた。どうやら付き合いの長い彼女で、キャバクラで働いているらしい。そこに客としてやってきた立石に強引に誘われて、関係を持ったそうだ。 「(ヒト)の彼女をレイプ紛いのことをした挙句に、これからも関係を持てって脅しやがって。兄貴だからって何やっても許されるンすか!?」  高田はそう息巻いた。  そんなに大事だったらキャバクラで働かせるなよとつい出かかったがグッと堪えた。それに高田の言い方も何か引っかかるものを感じた。〈レイプ〉〈脅し〉〈兄貴〉印象的なキーワードが羅列し過ぎている気がした。 「とりあえず謹慎しとけ」橋下は全部聴き終えるとそう決断を下した。 「なんでですか! アイツはお咎めなしっすか!」 「立石も謹慎だ。それから──」橋下は高田を真正面から見据えた。「さっきからテメエは誰に口きいてンだ? 俺の下した処分に文句があるってのか? あ?」  橋下がそう凄むと、あれほど煩かった高田は口を噤んだ。
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