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「これが味噌おでんですか!」副島は味が染みて色が変わった大根を見て歓喜の声をあげた。そしてひと口食べて顔を綻ばせた。
「この色がいいですねえ。醤油じゃなくて味噌っていうのがまたなんとも」
「色が濃いからもっと味もくどいのかと思った」立石が驚いたように言った。菅原も「そうそう」といちいち相槌を打つ。
副島は「玉子もこんにゃくも美味しいですねえ」とご満悦だ。大倉だけが難しい顔をして食べていた。
「大倉の兄貴は気に入らないっすか?」
菅原は難しい顔をして味噌おでんを睨む大倉に恐る恐る尋ねた。
「いや、うまい」
「だったらなんでそんな顔してるンすか?」
「なんのかくし味を使ってるのかなって」
「は?」
「副島さんも気に入ったみてえだし横浜に帰ったら作ってみてえなって。弟と妹にも食わせてやりてえし」
「譲二くんと真理衣ちゃんにはまだ早いと思いますけどねえ。もう少し大人にならないとこの味はわかりませんよ」
「そうっすかねえ」
「むしろお母様の酒の肴に作って差し上げたらいかがですか?」
「あ、ババアはいいっす。それじゃなくても美味いもんばっか食ってるンで」
「お客様と食事にでも行かれるんですか?」副島は首を傾げた。
「いや、遠山のお袋さんからいつも差し入れ貰ってて。調子に乗って食った挙句に『太った太った』ってうるさいんで」
そうですか、副島はそう答えた。そして思い出したように大倉に尋ねた。「そういえば遠山さんはカラオケとかで歌ったりするんでしょうか?」
「ああ、カラオケには一緒に行ったことはないんですけど、こないだ柘植の親父さんが真理衣と一緒にEarth, Wind & Fireの〈September〉を歌って踊ってたら、『そこは〈Fantasy〉にすべきだろ!』って揉めてましたね。結局は譲二に〈Fantasy〉を歌ってましたけど」
「Earth, Wind & Fire……」
「──副島さん、玉子ぐちゃぐちゃになってます」
これは失敬、副島は引き攣った笑顔で菅原に返していた。
橋下は何度も箸が突き立てられた玉子を見て、今の話は絶対に早川には聞かせられないと思った。負けず嫌いが二人になるのは面倒だ。どうして二人とも自分の得意分野で遠山に挑んで、勝手に負けた気分で帰ってくるのか。橋下には分かりかねた。
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