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適当に車を流しながら、朝まで待つことにした。朝イチで磯村に車を返したら、すぐに横浜へ戻る。思った以上にやり過ぎた。できるだけ早くこの土地から離れるべきだ。
「──そういや副島さん。よくあんなに暗いのにIEDを撃ちましたね」橋下は気になっていたことがつい口から溢れた。副島はそれを聞いてふふんと自慢げに鼻を鳴らした。
「高輝度蓄光テープを貼ってたンす」代わりに運転している菅原が答えた。「発光テープってヤツっすね」
「なるほど」それにしたって凄さは変わらない。あの非常時に冷静に撃ち抜けるなんて、やはり副島の腕は確かなのだと思った。
「で、どっちが凄いと思いました?」副島は菅原に尋ねた。
「どっち?」
「ユージと私ですよ」
ああ、と菅原が思い出したように呟いた。そして少し考え込んだ。
「えっと……ユージ、ですかね。片手で撃ってたンで」
副島の動きが止まった。馬鹿野郎! そこは『副島さん』って言うところだろうがッ!
「片手、ですか」
「あんなデカい銃を片手で撃つなんてカッコいいなって」
「へえ」
「だが向こうは暗闇じゃなかったし、動いてもなかっただろ!」橋下は慌てて口を挟んだ。どうしてこの空気に気がつかないんだ、菅原は。
「暗かったことは暗かったっすよ。あー、確かに動いてなかったですね。それじゃどっちも凄いです!」
最初からそう言え!
「へえ、片手ねえ」副島は顔を引き攣らせて、そうずっと繰り返していた。あー、また勝手に挑んで勝手に負けた気になってる。そもそも比べるからおかしなことになるんだ。
朝の七時には磯村の家の前にいた。まだ眠っているだろうか。連絡を入れるとすぐに電話に出た。家の前に居ると説明するとすぐに門を開けてくれた。
磯村は変わらずににこやかに自宅から出て来た。今日は何故か犬を抱いていた。
「すみません、朝早くから。予定が変わってしまって」橋下は頭を下げた。
「いやいや、四時には起きてるから平気だよ。この子が散歩に連れてけって起こしに来るから」
「四時? そりゃまた……」橋下は抱かれてるふわふわの犬を眺めた。確かポメなんとかだったか。嬉しそうに舌を出して笑ったような顔をしていた。
「それで、ヤリスなんですが」
「どこかぶつけたかい?」
「いえ、ぶつけてはいないのですが」橋下は説明に困った。大丈夫だとは思うが、万が一〈中京連合〉の奴らに見られていたら磯村に迷惑がかかる可能性もある。
「ああ、大丈夫。そのヤリスは昨日下取りに出したから」磯村はサラッとそう言った。「手続きも進めてるし、もうここにはないことになってるからね」そしてにこりと微笑んだ。事情は説明しなくとも、理解しているということなんだろう。さすが親父と長い付き合いなだけはある。
「もう新しいのが納車されてるし」そう言って笑った。
橋下はお礼を述べると磯村邸をあとにした。車に乗り込んでふと思った。いくら付き合いが長いとはいえ、そんなにタイミング良く車を買い替えるだろうか。早川は連絡したと言っていたが、まさか年齢も地位も上の磯村に向かって、車を買い替える指示など出来るはずもなかった──親父だ。そんな指示が出せるのは親父しか考えられない。橋下は慌てて振り返ったが、磯村邸の門はすでに閉まりかけていた。
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