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橋下が事務所に戻ると、駐車場には車が一台止まっていた。どうやら早川と副島が戻ってきていたようだ。橋下は軽くため息をつく。面倒な連中が先に戻っていたからだ。
「よお、橋下」
早川は嬉しそうに声をかけてきた。
「大変だったンだってなあ」全然大変だと思ってない声色だった。
立石は相当なダメージだったようだ。目の脇が切れて出血していた。もちろん口の端も切れて鼻血も出ている。
「二人して取り合うなんてよお、どんだけイイ女なんだろうな」早川はわくわくしながら楽しげにそう言った。「ひと目見てみてえな」
勘弁してくれ。これ以上ややこしくしてどうする。そう心の中で突っ込んだ。だが口に出すわけにはいかない。
「はあ」
「でもよお、取った取られたなんておかしな話だよなあ。オンナはよお、魅力的な男に靡くに決まってンだろ。それを繋ぎ止められなかったテメエを恨めっての」
「それはそうですねえ、レイプだなんだって言ってますけど、どこまで本当やら。都合のいいオスに乗り換えるのは動物の性ですからねえ。自分に魅力がなかっただけなのに、こんなにおおごとにするなんて恥の上塗りですよ」
副島はそう言ってクツクツと笑った。そこの二人、少し黙っててくれねえかなあ。橋下はこめかみを押さえた。これだから早く戻ってきて欲しくなかったというのに。
「で、立石。話を聞かせろ」
「桜木町の駅前にある〈clubD〉ってキャバクラに行ったんす。そこで知り合った子っていうか」
「その店には一人で行ったのか?」
「いや、友達と行きました。なんか野本がその店はオススメって言ってたンで」
野本とは高田とつるんでるグループではないが、仲はいいほうだろう。
「フリーで行ったンすけど、すげえねだられて指名に変えて。ずっと一緒に居ました」
「で、友達は?」
「終電で先に帰りました。明日仕事だからって」
「じゃあテメエはそれより後も残ってたんだな。それから?」
「アフターに誘われて。すげえ迫ってくるから、それで……」
「ヤッちまったんだな?」
立石は頷いた。橋下は本格的に頭が痛くなってきた。立石の話には信憑性がある。だが彼氏にバレたオンナは自分の都合のいいように話すに違いない。
早川はすでに爆笑していた。副島もニヤついていた。
「立石。とりあえず謹慎しとけ。お前が悪いとは思わねえが、あそこまで騒がれたら何らかの処分は下さなきゃならねえ」橋下はそう決断を下した。
「まあなあ、その日に会ったばかりの訳の分からねえオンナとフラフラっとヤッちまったのはテメエの落ち度だわな。自分の立ち位置ってヤツをもう一回考えるいい機会だ」
早川はそう言って立石を横目で見た。立石は小さく「はい」と呟いた。
立石を途中まで菅原が送って行った。目の脇の傷のは十分注意しろと伝えておいた。
「──あ、そういえば大倉はどうしました?」確か二人と一緒に行動していたはずだったのだが。
「あっちの事務所に行かせてる。いまガタガタされても面倒だからな。少しビシッとしたヤツがいねえと」早川は電子タバコを燻らせながらそう答えた。
「すんません」
早川はそれには答えなかった。何か考え事をしているようで、珍しくぼんやりしていた。
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