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早川と副島は本部長に呼ばれて出かけて行った。恐らく今日ここに来る前に、ひと商談決めてきたことへの労いのためだろう。確かデカい取引きのはずだ。それで昼飯を奢るから出て来いということだった。早川は明らかに面倒くさそうだった。「橋下は行かねえのか?」と三度も聞いてきた。丁重にお断りした。立石と高田が揉め事を起こしたせいで、午前中が潰れてしまった。しかもそれについての報告書もまとめないといけない。報告書はどこに求められている訳ではなかったが、橋下はのちに役立つので個人的にまとめている。
橋下は引き出しに突っ込んでおいた領収書の束を取り出した。細かい計算は税理士がやることになっているが、おおまかに分けるまでは橋下が行う。出された領収書が使えるものかどうかも判断する。以前そのまま出したら半分以上使えないと税理士に戻された。それ以来、一度は目を通してから提出することにしていた。
──だから但し書は必ず入れて貰えって言ってるだろうが。高額の場合は宛名は必ず入れろって何十回も言ってるよな。
橋下は領収書をチェックしながら苛々していた。一回で分からなくても仕方ねえ。だが十回も言ってンだぞ、こっちは。橋下は眼鏡を外して目頭を押さえた。やはり頭痛がしてきた。
「おい、菅原。頭痛薬あったか?」
そう尋ねると菅原はすぐに薬箱まで走って、箱を漁り始めた。そしてすぐに橋下のもとに薬を持ってきた。
「バファリンしかねえっす」
「それでいい」机の上に置かれたのは〈バファリンルナJ〉だった。〈小・中・高校生の生理痛に〉とデカデカと書かれている。誰が生理痛だ。
菅原はグラスに水を入れて持ってきた。橋下が怪訝そうな顔をしながら箱を眺めているのにすぐに気づいたようだった。
「あ、それ頭痛にも効くンで大丈夫っす。ちゃんと確認しました。特売だったんで」
「これからは特売のじゃなくていいから、ちゃんとしたのを買って来い」
「ちゃんとしたヤツですよ?」
「……」
「ダブル処方だから痛みによく効くって」
「……そうか」
橋下はそのまま薬を黙って薬を飲んだ。菅原も経費削減を意識してるわけだし、中味もきちんと確認しているわけだから、これ以上何も言うことはない。ちょっとどうかしているだけだ。
橋下はそのまま少し目を閉じた。しばらくすると少し緩和してきた気がした。そしてふと思い浮かんだことを菅原に尋ねた。
「──そういやそのオンナはなんて名だ? 店になんて名前で出てる?」
「確か〈エレナ〉でしたね」
「野本が立石に勧めたんだったな」
「野本さんキャバ好きですから」
「その野本に紹介したのは高田だろ? あの二人はそんなに仲がいいのか?」
うーん、と菅原は首を捻った。「野本さんってプライド高いんですよ。なんつーか他人の知らないことを俺は知ってるぞみたいな。高田さんは野本さんのそういうとこは陰では馬鹿にしてるンですけど、表では上手く乗せてるっつーか。〈clubD〉だって全然安くねえし、ぼったくりとか噂があるくらいだし」
「ぼったくり?」
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