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「そういや菅原は株には興味ねえのか?」
「カブ!?」
橋下が突然話を振ると、菅原は明らかに変な声を出した。
「副島さんは詳しいぞ。シノギの一つに考えてみたらどうだ?」
菅原はうーんと首を捻った。
「俺、カブっていえば婆さんと爺さんと犬で引っ張る大きなカブしか思いつかねえっていうか」
「そっちの蕪じゃねえわ」
「──なんだなんだ、楽しそうじゃねえか」急に背後で声がした。慌てて振り返ると早川が立っていた。
「お! おはぎじゃねえか。いいよなあ、てめえらばっか楽しそうで」
絶対に一万円以上するような懐石を食べてきただろうに。橋下は「はあ」と返した。というか音もなく帰ってくる癖はなんとかならないだろうか。
すると副島はため息をつきながら部屋に入ってきた。肩に手を置いて、首を回している。堅苦しくて疲れたのだろう。
「話が長すぎます」副島は文句を言いながらコーヒーを入れ始めた。菅原が立ち上がりそうになるのを止めていた。自分の好きなように淹れたいのだろう。
「副島さんは午後から予定はないんですよね?」橋下に急に話を振られて副島は驚いたように振り返った。
「ええ。今のところ」
「だったら菅原に株のことでも教えてもらえませんか?」
「私がですか?」
橋下は菅原を見た。お前からもお願いしろって意味だ。
「えっと、あの、全然分からねえっていうか」
「いいでしょう。退屈するよりマシです」副島はそう答えると、またコーヒーを淹れ始めた。
何気に嬉しいに違いない。橋下が顔を上げると、早川が目配せをしてきた。きっと同じように思ってるのだろう。
昼食を終えると橋下はファイルを取り出して机の上に置いた。
近くの机では副島の株取引講座が始まるところだった。菅原はペンを持ってメモを始めていた。
「株は漢字! カブってカタカナで書かないッ!」
「漢字ってどんなでしたっけ……」
「木へんに〈朱〉!」
「シュ?」
副島は頭を抱え始めた。橋下は苦笑していたが、それどころではない。橋下はファイルを持って立ち上がり、窓辺の席で新聞を読む早川のそばへ向かった。
「おう。なんか見つかったか?」早川は橋下がそばに立つと顔を上げてそう言った。早川も何か気がついていたに違いない。橋下は高田のページを開いて差し出した。
「さっき菅原と話していて、どうやら高田の経歴はこちらが聞いてるのと違うようですね」
早川は片眉を上げた。
「大卒で半グレやってた期間も長そうです」
「立石を嵌めたと思うか?」
「だと思いますが、理由が分かりません。もしかしたら二人の間に何かあったのかもしれませんが。ただ──野本にカネを貸しているようです。しかも少なくない金額を」
「カネ」早川はそう呟くと黙り込んだ。「だとしたら野本の他にも貸してる可能性はあるな」
そう言ってスマホを取り出して、何やら打ち始めた。早川はあまりメールの類は使わない。証拠が残るからだ。だが内部の事情を探る時は使わざるを得ないだろう。
「大倉に高田からカネを借りてる奴を調べさせる」
橋下は頷いた。
「個人的な恨みという線もなくはないが、そうじゃなかった場合に厄介だ」
「そうですね」対処が遅れた場合は命取りになりかねない。
「だから今日〈clubD〉に行ってみるつもりだ」
「は?」
「夕方から空けておけよ」
早川はそう言ってシレッと新聞の続きを読み始めた。
また面倒なことになりそうな予感しかしなかった。
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