妖精と躍る

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 その頃。 「ライグ先生が全然帰ってこないので、代わりに届けにきました」  困り顔のキリアンから呪術大全を受け取って、モーナは部屋に引っ込んだ。小さな丸テーブルの上のカップには、冷めかけた紅茶が半分残っている。  本をテーブルに置くと、表紙の上でふわりと大呪術師が揺れた。モーナはその半透明の顔を覗き込んだ。 「上手くいきました?」  呪術師は誇らしげに腰に手を当てた。「万事。しかし捻くれた男だよ、まったく」 「誰もが器用ではありませんもの。でも、いいですわね。恋」  呪術師の杖がモーナに向いた。 「あんたもね。生きてるうちはいつだって、妖精が躍り出す瞬間が訪れる」 「あら」モーナは首をすくめて微笑んだ。 「さて、疲れた。休むよ」 「ありがとうございました」  ディアドラ・パルムは大きなあくびを一つして、きらきらと輝く紫の霧になった。  モーナは静かになった部屋を見回し、ひと月前ここで起きた事にふっと笑った。  ――あなたが呪術学の講義を休むのは分かりましたよ、ベリンダ・クロス。ところで、どうしてそんなに泣いているの? 「卒業するまではおおっぴらに手を繋ぐな、くらいは言わなきゃね」  モーナは囁く声で「幻影(スコル)」と言い、指をすっと動かした。夕暮れの淡い琥珀(アンバー)に染まり始めた部屋の隅に、幻の吟遊詩人が現れた。  満足げに紅茶をすする音に続いて、テノールが遠い異国の恋の詩をゆったりと詠い始めた。
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