妖精と躍る

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「あら、ごめんなさい、開いていたからノックもせずに。お借りしていた鉱石の本、お返しするわね」  苦ばんざくろ石(パイロープ・ガーネット)のような深紅のローブが、たおやかに、流れるように近づいてくる。呪術学の「マダム」ことモーナ教授。ふっくらした手で数冊の本を教卓に置き、すっと窓辺へ立った。 「指輪の石を選ぶ参考になったわ。ありがとう」 「ああ、いえ」 「ライグ先生の大声、初めて聞いたわ」 「ああ、まあ」  ライグは彼女に場所を明け渡すように教卓に戻り、片付けの続きを始めた。 「気持ちのいい季節になったわね……」  モーナが目を窓下に落とし、静かに一人の学生の名を呼んだ。 「ベリンダ・クロス」  ライグの手が止まった。  モーナは首を傾げるようにして彼を見た。「あなた、まだ気にかかる?」  彼は心臓を叩かれたようになり、口ごもった。だが、モーナが尋ねたのは違う案件の方だった。 「あなたは良い助言をしたの。彼女が呪術学を休んでいること、気にしないで。そのうち戻ってくるかもしれないし。まあ、あとふた月で卒業だけれど」  モーナはうつむいたライグから教卓の本に目を移し、窓辺から離れた。 「じゃあ。また綺麗な鉱物の本が入ったら、貸してくださいな」 「分かりました。あの……ありがとうございます」  教室を出て行く彼女の手が「いいのよ」と振れた。
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