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呪術師はからかうような口調になった。
「ほーら。やっぱりお前、そいつに恋をしている」
ライグは呪術師から目を逸らした。話が向かってほしくない先へ進んでいる。彼はさりげなく答えた。
「いいえ」
呪術師が教室の扉を指さした。
「反芻してるだろう? 彼女が出て行った場面を。ベッドで天井を仰いだ時に。髭を剃るため鏡を見た時に。食事のスプーンを持ち上げた時さえ。何度も、何度も」
彼は弱弱しく首を横に振った。「……しませんよ」
「そうは言うが」呪術師は宙にとんがり帽子の小人を数人、描いた。「見えるぞ。恋する人間の周りで踊る妖精たちが。ほれ、そこに」
「妖精? そんなもの……」
黙って聞け、と言いたげな杖がライグに向いた。
「彼女が近づく。妖精アドナが躍る。鼓動が速まり、顔は湯船に浸かったかのように熱くなる」
「彼女と話す。妖精エピネが躍る。時間が奪われ、そのひと時はあっという間に過ぎ去る」
「彼女と見つめ合う。妖精キシトが躍る。体がふわふわと浮いていく」
「そして、彼女を思うたび妖精ドーパとラースが躍り、お前の頭に詩と音楽を生む」
呪術師の声が低く変わった。
「だが時にお前は踊り疲れ、鬱々とした気分になる。食事に時間がかかり、夜も目が冴え、考える。『彼女は今何をしてるんだろう? オイまさか奴と一緒じゃないよな嘘オイちょ待て』と」
胃のあたりがもやもやし始めた。ライグはこの話を今すぐ切りたかった。
「妖精なんて、おれには見えません」
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