くう、くう、くう。

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 ***  自慢じゃないが、僕と兄は仲が良い。高校一年生と中学一年生、年はちょっと離れているが昔から一緒に悪戯をしまくり、母や先生から大目玉を食らってきた戦友のようなものだった。  当然、一緒に外食に行くのも珍しいことではない。日曜日、二人仲良く町に繰り出した僕達は、兄の奢りでお昼にレストランに行くことにしたのだった。  ところが。 「えええ、臨時休業て……」  行こうと思ってた馴染みのチェーン店が、今日に限って臨時休業していた。明かりが消された店のドアには、電気系統のトラブルで営業できなくなった旨が書かれている。こんなことあるんだ、と驚く他ない。同時に、僕たちの運の悪さも。 「ええ、どうしよう兄ちゃん。僕、ちょー腹ペコなんだけど」 「俺も俺も。他の店探すか……」  そう言いながら兄が目を留めたのは、路地の奥だった。自分たちが行こうとしていたレストランは大通りに面したところにある。その隣はビルとビルの隙間、暗い路地になっていていつも通ったことはないのだが。 「へえ」  兄が目を瞬かせた。 「知らなかった。こんなとこに店あったんだ」 「んあ?」 「見ろよ、空矢(そらや)」  ちなみに空矢というのが僕の名前で、兄は海矢(うみや)と言ったりする。もう一人生まれたら次の名前は山にするのだ、と昔母が言っていた。年齢的に多分もう次の弟妹はないだろうが。  兄に言われるがまま路地を覗いた僕は、奥まったところに小さな緑色のドアがあることに気がついた。てっきりここは向こうに抜けられる路地だとばかり思っていたのに、実は袋小路で店があったとは。  でかでかと看板があるが、店の名前はアルファベットが並んでいてよく読めない。英語ではなさそうだ。イタリア語とかそのへんだろうか。  ドアの両隣には窓があり、向こうでちらちらとオレンジ色の明かりが揺れている。 「パスタとかの店だと見た」  にやり、と兄が笑って言った。 「よし、入ってみよう!こんなところにあるんだし、超絶馬鹿高い高級店つーことはないはずだ、たぶん!」 「奢るの兄ちゃんだから忘れないでね?あと、入ったことある店オンリーって母さんには言われてたけど?」 「レシートなくしたことにすりゃいい。バレなきゃいいんだ、バレなきゃ」 「度胸あるなぁ」  まあ、いつもの店もイタリアンレストランのチェーン店だ。多少ニンニク臭い料理を食べても誤魔化せるだろう、多分。  母の雷は怖かったが、それ以上に僕は興味が湧いていたのだった。今まで入ったことのない店。近所にちょっとした秘密基地でも見つけた気分でわくわくしてしまう。  何より、頼りになる兄が一緒というのが大きかった。昔からそうだ。多少トラブルがあっても、兄がいればなんとかなるのである。 「よし、れっつごー」 「いえあ!」  ノリノリの兄と一緒に、僕はその店に突撃した。頭文字は多分R。だからとりあえず店の名前もアールと呼んでおくことにしようと心の中で決める。とりあえず美味しいか安いかが大切なのだから。
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