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トラブルは、山田家の冷蔵庫と壁の隙間で起きた。
世帯主の山田一郎が、「布団叩きとハエ叩きは、同じ場所の方が探しやすくていいな。同じカテゴリーだし」と呟いて、布団叩きをハエ叩きの隣に置いたのが発端だ。
「ここは俺の縄張りだぜ」
ハエ叩きが威張った。
「そんなの知らねえよ。汚れ仕事専門のくせに、偉そうにしてんじゃねえよ」
布団叩きも、負けじと威張る。
「汚れ仕事専門だと!? 言ってくれるねえ」
「いくらでも言ってやるさ。俺の方が格上なんだから」
得意げな口調で、布団叩きが言った。
「格上? 隙間だらけのくせに。布団叩く以外は、何もできねえ能無しが生意気言ってんじゃねえよ!」
「お前だって、ハエしか叩かねえだろうが」
「ハエ以外にも、家に入って来た変な虫とか叩くことが可能だけど?」
「あたかも、自分が叩いて倒しているかのような言い方だな。所詮、人間に使われてるだけだろ」
「お前も一緒じゃねーか」
口喧嘩が、どんどんヒートアップしてきた。
そのとき、 世帯主の山田一郎が、「うわっ、ハエ飛んでるよ」と叫んで、ハエ叩きがつかまれて引っ張り出された。
直後に、パチーン、バキッと大きな音がした。
世帯主の山田一郎の「くそっ、これ捨てるの面倒だな」と残念そうに言う声が聞こえた。
「まさか、ハ、ハエ叩きのヤツ。折れちまったのか」
布団叩きは動揺した。
冷蔵庫と壁の隙間から、一瞬だけ真っ二つになったハエ叩きの姿が見えた。
ハエ叩きは、呻きながら遠ざかっていく。
「あいつ、強度が……低かったからか」
布団叩きは、自分もいずれは折れる運命なのだと悟った。
次の日、新しいハエ叩きが冷蔵庫と壁の隙間に入って来た。
鮮やかなブルーで、昨日折れたピンク色のハエ叩きとは雰囲気が違う。
「初めまして。緊張してるのかい?」
布団叩きは、優しく声をかけた。
「はい、少し」
鮮やかなブルーのハエ叩きは、謙虚な態度だ。
「最初は緊張するさ。俺も、そうだった」
「この家に来て、長いんですか?」
「三年かな」
「おおっ、大先輩じゃないですか」
「先輩とか、後輩とかはナシにしようぜ。そういうの嫌いなんだ。それと、俺と君は叩くときに使われる物という同じカテゴリーの仲間なんだから、仲良くやっていこうぜ」
「布団叩きさん、言う事が大人っすね」
「いや、全然だよ。そう変わらないさ。君とも、人間ともね。きっと、俺たちは、今までも、これから先の未来も、不完全な存在で、無意識に不毛な争いをしてしまう存在なのさ」
布団叩きは寂しそうに言った。
「あの……布団叩きさん、自分に酔っていますよね。それとも、素でそういうこと言うキャラなんですか? 分かりそうでもあり、まったく何が言いたいのか分からないセリフでしたけど」
鮮やかなブルーのハエ叩きが茶化した。
「え? いや、あの」
布団叩きは、恥ずかしがりながら、争いごとのない幸せを噛みしめていた。
(了)
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