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 私が優斗のアパートの玄関を開けると、部屋に灯りが点いていた。扉越しの光が廊下の隅に溜まった埃を目立たせる。  珍しいな。いつも私が帰るときは真っ暗なのに。  靴を脱いで部屋に入ると、驚きの光景が目に飛び込んできた。 「……え、なにそれ」 「ん、パーマかけてみた」  ワンルームの扉の向こう側、古い畳の上に真ん丸なアフロが座っていた。優斗は自分の頭を楽しそうにぽんぽんと叩く。 「いやパーマっていうレベルじゃなくない」 「それがいいんじゃん。色も染めたし」  アフロに気を取られていたが、確かに髪色も濃い金色になっている。カラーリング剤の匂いがつんと鼻を刺す。私は思わず息を止めた。  優斗はまだ自分のヘアスタイルが落ち着かないようで、指先で何度も自分の頭髪をいじっている。 「でもなんでアフロ」 「戦闘態勢を整えておかないとさ」 「それでデビューするの?」  優斗に声をかけた男性はどうやら本物の社長だったらしく、後日改めて電話がかかってきた。「もし君が良ければ」と提案を受け、優斗は明日その音楽プロダクションの事務所に挨拶に行くことになっている。  上手くいけばそのまま契約してデビューだな、と彼は喜びを隠しきれていなかった。 「インパクトって大事だろ」  にやりと笑う彼は「こいつも手入れしなきゃな」とギターを磨き始める。彼の瞳がこんなに輝いているのを見たのは初めてだ。  そして、優斗が歌を歌わなかった日を見たのも今日が初めてだった。
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