44人が本棚に入れています
本棚に追加
/175ページ
「原口さんには、いっぱい迷惑かけましたから」
「んなこたねぇえよ。楽しかったぜ、俺は」
目尻にしわを寄せ、原口は再会を喜ぶように徹平の肩をぽんぽん叩いた。
「今日は楽しんでってくださいね」
「おう。もちろんさ」
じゃ、頑張れよ、と片手を上げると、二人は揃って来賓席へと向かって行った。
「てっちゃん、そろそろ始まるよ」
徹平の背に、少年が声をかける。
「もうそんな時間か」
腕時計を確認すると、「サンキュー、昇龍」徹平は昇龍の頭をくしゃりと撫でた。
「ママのこと、よろしく頼むな」
「オッケー」
右手の親指を立てると、昇龍は切れ長の瞳に笑みを浮かべた。
親類縁者が集まる関係者席へと走る昇龍の向こうに、パイプ椅子に座り優しく微笑む椿の姿が見えた。
膝の上には、二歳になったばかりの愛娘、永遠がちょこんと乗せられている。その手首には、真新しい白杖の紐が掛けられていた。
ふっと笑みを浮かべ、徹平が愛おしそうに三人を見つめる。
「よしっ」
ひとり力強く頷くと、徹平は仲間たちの待つテントへと向かった。
山の稜線が、夕日を背に浮かび上がる。
茜と藍が混ざり合う、黄昏色の空の下。
花火大会開始を告げるアナウンスが、声高らかに響き渡った。
観客たちのざわめきが、一瞬消える。
「三、二、一、点火!」
まだ初々しさの残る徹平のかけ声が、夏の夜空に舞い上がった。
黄金色の菊花火が、夕闇に染まり始めたキャンパスを華麗に彩る。
客席から、割れんばかりの歓声が上がった。
花が開いてから消えるまでは、およそ三秒。
その僅かな瞬間を、心の中に刻み続ける。
いつまでも。
永遠に……。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!