徹平

3/12
前へ
/175ページ
次へ
 徹平が病院の夜間通用口に着くと同時に、中から慌てた様子の若い女性が走り出て来た。 「義姉さん?」  ハッとしたように足を止めたあと、「てっちゃん」ぐにゃりと顔を歪め、椿は徹平の元へと駆け寄った。 「ごめんね。私……」 「いいから。一体何があったんだよ?」 「あのね、花火がね……」  突如、椿がしゃくり上げる。落ち着いて、と宥める徹平に何度も頷き、椿は大きく深呼吸をした。  徹平の家は、花火の製造から企画、打ち上げまでを担う、野々瀬(ののせ)煙火工業だ。徹平の父、修作(しゅうさく)が三代目、兄の恭介(きょうすけ)がその跡を継ぐべく修行中だ。  椿の話によると、昨夜、今年の祭りで使う花火のテスト打ち上げをしている際、花火玉が打ち上がらず筒の中で暴発する、いわゆる『筒ばね』を起こしたというのだ。  真っ先に異常に気付き、側にいた従業員に退去を促した恭介だったが、何分(なにぶん)、一瞬の出来事のため、逃げられるわけもなく、破損した煙火筒の破片が頭部に当たったという。 「怪我自体は大したことないんだけどね。どういうわけか、意識がなかなか戻らなくて」  涙ながらに辿々しく話す椿の言葉に、徹平は小さく何度も相槌を打つ。小刻みに揺れるそのか細い肩を抱き寄せたくなる衝動を抑え、徹平は開いた両手をきつく握りしめた。 「それよりも、宮原(みやはら)くんが」 「宮原くん?」  宮原は、野々瀬煙火工業の従業員だ。恭介とほぼ同時期に入社し、お互い切磋琢磨しながらやってきた、恭介にとってはライバルであり親友でもある、大切な仕事仲間だ。 「腕がね……、多分、恭介くんを庇おうとして……」  そこまで言うと、椿は大きくしゃくり上げた。 「わかった。もういいから」  椿の様子と口をついて出てきた単語をもとに、おおよその状況を把握した徹平は、一旦家に戻って入院に必要なものを揃えてくるという椿を見送り、急いで救急外来の窓口へと向かった。
/175ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加