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徹平が病院の夜間通用口に着くと同時に、中から慌てた様子の若い女性が走り出て来た。
「義姉さん?」
ハッとしたように足を止めたあと、「てっちゃん」ぐにゃりと顔を歪め、椿は徹平の元へと駆け寄った。
「ごめんね。私……」
「いいから。一体何があったんだよ?」
「あのね、花火がね……」
突如、椿がしゃくり上げる。落ち着いて、と宥める徹平に何度も頷き、椿は大きく深呼吸をした。
徹平の家は、花火の製造から企画、打ち上げまでを担う、野々瀬煙火工業だ。徹平の父、修作が三代目、兄の恭介がその跡を継ぐべく修行中だ。
椿の話によると、昨夜、今年の祭りで使う花火のテスト打ち上げをしている際、花火玉が打ち上がらず筒の中で暴発する、いわゆる『筒ばね』を起こしたというのだ。
真っ先に異常に気付き、側にいた従業員に退去を促した恭介だったが、何分、一瞬の出来事のため、逃げられるわけもなく、破損した煙火筒の破片が頭部に当たったという。
「怪我自体は大したことないんだけどね。どういうわけか、意識がなかなか戻らなくて」
涙ながらに辿々しく話す椿の言葉に、徹平は小さく何度も相槌を打つ。小刻みに揺れるそのか細い肩を抱き寄せたくなる衝動を抑え、徹平は開いた両手をきつく握りしめた。
「それよりも、宮原くんが」
「宮原くん?」
宮原は、野々瀬煙火工業の従業員だ。恭介とほぼ同時期に入社し、お互い切磋琢磨しながらやってきた、恭介にとってはライバルであり親友でもある、大切な仕事仲間だ。
「腕がね……、多分、恭介くんを庇おうとして……」
そこまで言うと、椿は大きくしゃくり上げた。
「わかった。もういいから」
椿の様子と口をついて出てきた単語をもとに、おおよその状況を把握した徹平は、一旦家に戻って入院に必要なものを揃えてくるという椿を見送り、急いで救急外来の窓口へと向かった。
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