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椿は、徹平の初恋だった。
きっかけは、兄、恭介に誘われて行った、地元の花火大会。徹平が、小学五年の夏だった。
徹平は幼い頃、夏休みの思い出にと、庭でバーベキューがしたいと修作に強請ったことがあった。夏休みの宿題に出された絵日記に、楽しい出来事のひとつでも描きたいという、よくある子供のわがままだった。
花火工場を営む徹平の家は、夏場は書き入れ時のため、生まれた時からずっと、家で潔子と留守番をしているのが当たり前だった。
しかし、物心がついてくると、クラスメイトたちの会話から、夏休みには家族や親戚たちと旅行やレジャーを楽しむ家庭が多いことがわかった。
子供ながらに、出掛けるのは無理と判断した徹平は、せめて一晩だけでいいから、庭でバーベキューがしたいと思ったのだ。バーベキューならどこにも行かなくていいし、いつもの夕食がそれに置き換わるだけだから、何も問題はないだろうと、徹平なりに一生懸命考えたつもりだった。
それなのに修作は、頭ごなしに否定したのだ。「この忙しい最中に、何がバーベキューだ!」と。
ひとつの現場を終え、興奮状態で帰ってきた修作は、まだ年端もいかぬ徹平少年に、頭から怒鳴りつけた。その顔は、幼い子供にとっては、地獄の鬼よりも恐ろしい形相だったに違いない。
堀の深い色黒の肌に、血走った瞳だけがギラリと浮かび上がり、眼光鋭くこちらをじっと睨みつけている。
父の恐ろしさと、せっかく知恵を振り絞って立てた自分の計画が真っ向から否定されたショックから、徹平はすっかり、夏も花火も嫌いになった。
それからというもの徹平は、夏になると部屋に籠り、ゲーム漬けの日々を送るようになったのだ。
そんな徹平を元気づけようと、恭介はその日、地元の花火大会に彼を誘った。当時付き合っていた彼女、椿を伴って。
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