徹平

1/12
前へ
/175ページ
次へ

徹平

 枕元の細かい振動が、徹平(てっぺい)を夢の中から引きずり出した。 「ん……」  掠れた声が、深いため息とともに喉の奥を震わせる。 「夢……?」  まどろむ意識の中に、子供の頃の徹平が、ぼんやりとした影を落とした。  あれは、いつの頃のことだったのか。  暑い夏の夜。たった一度だけの、幼いわがまま。  眠い目を擦りながら、父の帰りをひたすら待っていたあの日。  ようやく帰宅した父に、徹平は意を決して言ったのだ。 「夏休み中に、庭でバーベキューがやりたい」  あの時の父の顔を、徹平は決して忘れない。  目は血走り、ごわついた髪は根本から逆立ち、頬には真っ黒い(すす)がこびりついていた。 「この忙しい最中(さなか)に、何がバーベキューだ!」  鬼のような形相で徹平を睨みつけると、父は怒ったような足取りで、風呂場へと向かっていった。  焼けた火薬の臭いが、涙を堪える徹平の鼻腔に、いつまでもまとわりついていた。 「テツくん」  くぐもった声とともに、徹平の肩が小刻みに揺れる。 「ん?」 「電話。鳴ってるよ」 「え?」  振り向いた徹平の視線の先に、眉根を寄せて片目だけ開けた陽菜(ひな)の眠たそうな顔があった。 「何時?」  あたりはまだ暗い。闇雲に伸ばした徹平の手が、スマホのヒヤリとした画面にぶつかった。  寝ぼけ眼で画面を覗き込む。時刻は十一時になるところだった。 「誰?」  徹平の肩に頭を乗せ、陽菜が画面を覗こうとする。その視界を遮るように寝返りを打つと、「実家」徹平は短く答え、身体を起こした。
/175ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加