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徹平
枕元の細かい振動が、徹平を夢の中から引きずり出した。
「ん……」
掠れた声が、深いため息とともに喉の奥を震わせる。
「夢……?」
まどろむ意識の中に、子供の頃の徹平が、ぼんやりとした影を落とした。
あれは、いつの頃のことだったのか。
暑い夏の夜。たった一度だけの、幼いわがまま。
眠い目を擦りながら、父の帰りをひたすら待っていたあの日。
ようやく帰宅した父に、徹平は意を決して言ったのだ。
「夏休み中に、庭でバーベキューがやりたい」
あの時の父の顔を、徹平は決して忘れない。
目は血走り、ごわついた髪は根本から逆立ち、頬には真っ黒い煤がこびりついていた。
「この忙しい最中に、何がバーベキューだ!」
鬼のような形相で徹平を睨みつけると、父は怒ったような足取りで、風呂場へと向かっていった。
焼けた火薬の臭いが、涙を堪える徹平の鼻腔に、いつまでもまとわりついていた。
「テツくん」
くぐもった声とともに、徹平の肩が小刻みに揺れる。
「ん?」
「電話。鳴ってるよ」
「え?」
振り向いた徹平の視線の先に、眉根を寄せて片目だけ開けた陽菜の眠たそうな顔があった。
「何時?」
あたりはまだ暗い。闇雲に伸ばした徹平の手が、スマホのヒヤリとした画面にぶつかった。
寝ぼけ眼で画面を覗き込む。時刻は十一時になるところだった。
「誰?」
徹平の肩に頭を乗せ、陽菜が画面を覗こうとする。その視界を遮るように寝返りを打つと、「実家」徹平は短く答え、身体を起こした。
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