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留佳さんと美月さん
土曜日。ぐっと下がった気温も日差しに宥められた昼前。
手土産に散々迷った挙句コンビニで袋いっぱいのおやつを買い込んだ俺は、楓のアパートを見上げていた。
ゆっくりと鉄の階段を上りながら第一声を考える。
「たまたま通りがかった」は流石に白々しい。かといって「会いたかった」なんて死んでも言えるはずがなく、ましてや一番正しい「来ちゃった(はーと)」なんてセリフは考えるだけで白目をむきたくなる。
じゃあ、なんだ。俺は何て言えば自然に楓と話せるんだ。
辿り着いた扉の前で一人ブツブツ考え込んでいると、不意に真後ろから名を呼ばれた。
「陸?」
「うわぁああ!!か、楓!?」
買い物袋を下げた楓は、見知らぬ大人を二人連れて立っていた。
…しまった。来客があるとは思いもしなかった。
「ご、ごめん。あの、俺…」
「どうしたの?また何か届け物でも…あ、そっか。ちょっと待ってて」
楓は買い物袋を抱え直すと鍵を開けた扉の向こうへ行ってしまった。残された俺に、楓の連れていた女性が声をかけてくる。
「えっと、楓くんのお友だちかな?」
「え、あ、はい」
一瞬どきりとしたが、以前見た髪の長い人とは違うようだ。
女性は目を輝かせると、今度は後ろの男に笑いかけた。
「ねぇ、留佳くん聞いた?楓くんもちゃんと友だちができて、高校生活頑張ってるんだよ!」
背の高い男が無機質な目で見下ろしてくる。どこか冷たい雰囲気に俺の首がすくんだ。
「あの…、お二人は?」
「ああ、ごめんなさい。留佳くんは楓くんのお兄さんで、私はその奥さんの美月です。よろしくね。えーと…」
「あ、俺は…神無月陸です」
「陸くん!」
お兄さんは大仏みたいに無愛想だが、美月さんは底抜けに明るい。
玄関扉を全開にすると、気負いなく俺を招いた。
「ここじゃ寒いでしょ。陸くんも中へどうぞどうぞ。お昼は鍋にしようと思って沢山食材買ってきたんだけど、よかったらご一緒しない?」
「え、でも急で悪いですし…」
「気にしないで。人数が増えた方が楓くんも喜ぶわ」
春のような笑顔に押され、俺はほぼ拒否権もないままお邪魔することになってしまった。
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