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「あれ…?」
ダイニングに顔を覗かせた俺に楓が足を止める。手には鳶色のジャージを入れた紙袋が抱えられていた。
「あ、俺のジャージ?」
「うん。これを取りに来たんだと思ってた。返すの遅くなってごめん」
「それは全然いいんだけど…」
とりあえず受け取り、代わりにおやつ袋を差し出す。
「これ、あげる」
「え、なんで?」
「…いいから、あげる」
楓が首を傾げる。俺だって現状に首を傾げたい。
ぎこちない俺たちに、美月さんが張り切って腕まくりしながらネギを向けた。
「急いで準備するから少しだけ時間ちょうだいね。楓くんと陸くんはあっちでゆっくりしてて。あ、留佳くんはこっちよ。手伝って」
動きの鈍い男三人はテキパキと誘導され、小さなキッチンが賑やかなリズムを打ち始める。
和室に追いやられた俺と楓は、どちらともなく擦り切れた畳の上に腰を下ろした。
会話に困り、落ち着かなく視線を巡らせる。目に止まるのはやはり仏壇くらいしかなく、俺は飾られた二つの写真と仏壇の隣に置かれた小さな玩具箱を何気なく眺めていた。
「母さんと、二人目の父さん」
一つずつ写真を撫でながら、楓は線香の箱とライターを手に取った。
「兄ちゃんはこの父さんの子ども。だから俺と兄ちゃんには血の繋がりがないんだ」
火が灯る線香から祖父の家と同じ香りが漂う。静かに手を合わせた楓に倣い、俺も正座で合掌した。
閉じていた瞼を開くと、楓がすぐそばにいてぎくりとする。思わず逃げ腰になる俺に、そっと目が伏せられた。
「…この前は、ごめん」
「え…」
「陸があんなに怒るなんて、思わなくて」
俺は謝られたことに驚いて腰を浮かした。
「お、怒ったけど、それは楓が…!!」
楓が、好きだから。でもこれじゃ堂々巡りだ。代わりの言葉が見つからず黙り込んでしまうと、楓はおずおずと顔を上げた。
「俺は…嬉しかった。陸が好きだって言ってくれたこと」
「…」
「でも、俺には返せるものが何もないから、だから…」
不安気に揺れる瞳。滲み出るのは許しを乞うような、すがるような、でもどこか全てを諦めているような虚ろさ。
手を伸ばせば届く。抱きしめれば自分のものになる。それでもやっぱり楓に届かないと思ってしまうのは、楓にとって相手が“誰でもいい”から。
「楓、俺は…」
「楓くーん、陸くーん、お鍋の用意できたよー!!」
部屋に漂う重い空気を美月さんの声が丸ごと吹き飛ばす。
楓は俺から目を逸らすと先にダイニングへと行ってしまった。
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