そばにいて

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 俺と楓の間で閉じられた、鉄の扉。  楓を一人だけ閉じ込めるように。置き去りにするように。  温度が失われていく部屋の中で、楓はいつも何を思うのだろう。  誰かがいた時間を記憶だけで辿りながら、押し潰されそうな静けさの中で、二度と会えない両親だけが彼を見守り、きっと、ただ膝を抱えることしかできなくて。  空虚  そうか。楓が他人(ひと)の体温を求めて彷徨うのは、寂しさすら飲み込むくらい全てが空っぽだからなんだ。  行くな、楓。  誰かのところへなんて、行っちゃダメだ。  掻き乱される胸を押さえ、戻ってきた鉄臭い階段を駆け上がる。  薄暗さに反応した廊下の電灯がチカチカと点滅しながら明かりを落とした。 「楓…!!」  扉の前に、楓はいた。  灰色の灯りに浮かび上がる、スマホだけを片手に持った寂しい人。  どこに行くのなんて聞く余裕はない。  幻のように消えてしまう前に、俺は走った勢いのまま楓に飛び込み両手で抱きしめた。 「わっ…、り、陸!?」  大きくよろめきながら楓が俺を受け止める。 「びっくりした。どうしたの?忘れ物?」 「は、はぁ…、はぁ…、そう、わ、忘れもの…」  突然の全力疾走に肺も喉も痛いほど悲鳴を上げている。息は苦しく、肩が上下に激しく揺れた。 「そんなに急いで取りに来なくても、言ってくれれば月曜に学校持って行くのに」 「それじゃ…間に合わない…」 「そんなに大事なもの?」    俺は楓の肩で何度も頷き、華奢な体をもう一度力いっぱい抱きしめた。 「…かえで」 「え…?」 「俺の忘れもの。ごめん。今日は絶対、一人にしない」  耳元で息を呑む音が聞こえる。  だらんと垂れていた楓の手が、そっと俺の背中に回された。 「陸…」  やっと呼吸が落ち着いてきた俺に代わり、今度は楓が体を震わせる。  しがみつくように、細い腕がぎゅっと強く抱きしめ返した。 「陸、陸……」  何度も呼ばれる名に少しづつ熱がこもっていく。  さっきは閉ざされた言葉が泣きそうな声で囁かれた。 「そばにいて」  
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