何と35歳

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何と35歳

 我ながら俺は、世渡りの上手さだけはピカイチだと思う。と言うより、世渡りが上手い以外に特に秀でたところがない。足の速さというものは、どうやら若い頃にしか役に立たないらしい。  阿呆高校で適度に高校生活をエンジョイした俺は、推薦で地方の阿呆大学に進学した。そこでお気楽なフットサルサークルの幹事を務め、割り合い可愛めの女の子とちょいちょい付き合ったりして、よくありがちな楽しいキャンパスライフを送った。  俺の世渡り上手が本格的に光り出したのは、就職活動が始まってからだった。周りの奴らが就活戦線で苦戦を強いられる中、俺は持ち前の強コミュニケーション能力により、つぎつぎと内定を勝ち取った。その中から、最も福利厚生が充実し、職場環境がソー・ホワイトだと噂の大手自動車メーカーの子会社に就職した。  配属された営業部の成績も、がむしゃらにやってるわけでもないのに常にトップを争った。気難しい上司と取引先のお偉いさんに気に入られ、盛り上げ要員としてあちこちの接待に駆り出される。如月がいるとチームがよくまとまるとか、全員の士気が上がるとか、なぜかやたらと褒められた。特に優れた技術も知識もないくせに、案外この世の中では俺のような人間が重宝されるのだということを身を持って知った二十代。  三十手前で周りがちらほら結婚しはじめ、その流れに乗り、そのとき付き合っていた彼女と結婚した。地元の大きな式場で結婚式を挙げ、亡くなった爺さんが持っていた土地を譲り受け、マイホームを建てる。そうするうちに第一子が生まれた。嫁さんによく似た可愛い女の子。スーちゃん。  平凡だが順風満帆な人生。日々の生活に大きな不満もないけれど、胸躍るような出来事も起こらない。凡人の人生なんてこんなものだろうと高を括りはじめたその頃。  急に、メーカー本社への引き抜きの話が降って湧いた。
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