何と35歳

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 本社ビルは田舎者憧れの大都会、東京のど真ん中、新宿区にあった。入社面接は順調に進み、あれよあれよという間に本社勤務が決定する。でもこの田舎から毎日新宿へ通勤するのは、さすがに無理だということになり。  嫁さんに東京転勤の話を持ちかけると、俺についていくことを渋った。もともと嫁さんはここが地元だし、実家もすぐそばにある。昔からの友達も多いし、娘の幼稚園も変えたくないと。嫁の希望をたっぷり詰め込んだ夢のマイホームを手放すことも嫌がった。だから単身赴任をして週末だけ帰ってきてくれたら構わない、と俺ひとりを快く東京へと送り出した。  というわけで、35歳にして人生初めての東京暮らしがはじまった。住宅手当がたっぷり出たので、調子に乗って山手線の内側、牛込神楽坂駅から徒歩10分にアパートを借りる。住所は天下の新宿区だが、意外にも平凡な住宅街。アパートから職場までは都営大江戸線で一本、ドア・ツー・ドアで30分もかからない。  年甲斐もなく浮かれていた。東京都心の地図をコンビニで買い、畳敷の上に寝転がりながら大きな道を辿っていく。  ――皇居の周りに内堀、外堀。品川から池袋の方に抜けるのが山手通り。新宿から秋葉原へ横断するのが靖国通り。麻布あたりからぐるりと23区を巡るのが明治通り。  有名な地名ばかりでワクワクした。東京にばかり有名どころが寄り集まっているなんて本当にズルい。  いい感じのクロスバイクでも買おうかと考える。都心で移動するなら車より自転車の方が楽で早い気がした。  都心の地理を覚えているうちに、ふと大きな敷地に目が止まった。 (――東京大学)  誰もが知る日本の天才が集う国立大学だ。リンネは一高卒業後、東大に現役合格したのだと風の噂で聞いた。  あれからどうしているだろう。大学はとっくに卒業しているだろうけれど、もしかしたら都内のどこかで働いているんじゃないだろうか。
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