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1話 最悪な一日
私、佐藤乃愛は、困惑していた。
なぜなら気が付いたら唐突に、真っ白い妙な空間に居たからだ。
何もない。霧の中にいるみたいに真っ白。足元を見下ろしても、床らしきものも見えない。だけど、何かを踏みしめて立っている感覚はある。
「え?え?え?」
何これ、夢?
私、いつの間に寝たっけ?
さっきまで自分の家にいた筈だよね?仕事終わって速攻家に帰って、ビール一杯飲んだところまでは記憶がある。
そうだよ。
今日は最悪な一日だったんだから。
夢見が悪くて起きた時から気分は最低。だけどそんな自分に鞭打って出勤したら混み混みの電車の中では右斜め後ろにいたおっさんに尻は触られるし、お店ではクレーマーに1ヶ月着倒したあげくレシートのない商品を返品させろって粘られるし。
それで家に帰ったらさ、帰ったら・・・あれ?
・・・おかしいな。ビール飲んだあとからの記憶がない。
たった一杯で酔うわけないのに、そこからぱっきりと切り取られたみたいに記憶が消えてる。
え、どうして?なんで思い出せないの?
焦ってうんうん唸っていたら、ふと気付くと。
いつの間にか目の前に、にこにこ笑う女の人が立っていた。
「うぉわっ!?びっくりしたぁ!」
思わず野太い声を出してしまったけど、最初の衝撃が去った後はセカンドインパクトで目の前の人から目が離せなくなってしまった。
――――何、この人。めちゃくちゃ綺麗。
白くて光沢のある、シルクみたいな生地のシンプルなドレスでも引き立つ、綺麗と可愛いが同居した完璧に整った顔とスタイル。
肌の色は白く、毛穴、どこにあんの?ってくらい、肌理が細かい。
だけど、リアルに存在している人間だとは思えなかった。
だって、髪の毛は現実じゃありえない薄い水色だし、おまけに風もないのにたなびいてるし、周りになんかキラキラしたエフェクトが掛かってるんだもん。
・・・やっぱ、これ夢かな。
まじまじと見つめながら考えた0.5秒ののちに、その美女は口を開いた。
「うふふ、ようこそ~。佐藤乃愛さん」
「え?何で、私、名前知ってる?」
驚きのあまりカタコトになってしまった私に向かって、その人はのんびりした口調でとんでもないことを言い出した。
「乃愛さんのことなら何でも知ってますよ~。特に乃愛さんのお付き合いされていた方々とのあれやこれやとか~。これまでお付き合いされていた方々、みんなヤリチンだったりクズだったりヤンデレだったりなんですよね~」
「ふぁっ!?」
瞬間、走馬灯のように今までの彼氏たちが脳裏に浮かぶ。晶は私以外にセフレ5人いたヤリチンだったし、伊織は私の財布からお金抜いてたクズだったし、紫苑はストーカー化したヤンデレだった。
そんな、散々な歴代彼氏たちのことをずばりと言い当てられて、私は盛大に狼狽えた。
「なっ、なんでそんなプライベートなこと、知ってんの!?あなた、誰!?」
「あっ、申し遅れました~、私セレスティアと申します。女神です。実はお願いがあって乃愛さんをこちらに召喚させて頂きました~」
「は・・・?な?女神?」
いやちょっと待って。理解が追い付かないんだけど。女神って何?
ヤバい。この人変な人だ。私ってば、男だけじゃなくて、とうとう女までヤバい奴を引き寄せるようになってしまったの?
一瞬そう思ったけど、でも、ともう一度まじまじと、目の前でニコニコしている美女を見つめる。
毛穴の一つもない、人間離れした美貌。
風もないのに不自然に靡いてるアニメみたいな水色の髪。
周りに飛んでるキラキラエフェクト。
―――やっぱり、目の錯覚とは思えない。
金色の目の色だって、カラコンでここまで表現できるわけないよね。だって仄かに発光してるんだもん。そもそも録画映像じゃなくて目の前にいるんだから、その状態でこんな特殊効果を発揮できるとは思えないし。
それに何よりさっき、仲のいい友達しか知らないはずの、私の歴代彼氏たちのことを言い当てた。
私が混乱している間に、セレスティアと名乗った美女は唐突に、困り顔でとんでも話をし始めた。
「実は私の世界セレスティニアに魔王が発生しまして~」
急に何かのラノベみたいな設定が飛び出して来た。
そんな、台所にコバエが発生したみたいな感覚で言われても。
「ま、魔王・・・ってゲームとかに出て来る、めちゃくちゃ強いラスボス的扱いの、あれ?」
茫然としていたけど我に返って思わずそう聞くと、セレスティアは頷く。
「ええ、まあ~。強いのは強いんですが、そんなのは私の生み出した勇者の力を持ってすれば簡単に叩き潰せるんです~。ですが、魔王というのは退治しても退治しても湧いて来る、乃愛さんの世界でいえばゴキ〇〇のような存在なんですよ~。分かります~?生命力の強さ、叩いても叩いてもまたどこからか別の個体が発生して来るというしぶとさ、見た目のキモチ悪さ、こっちが油断している時に突然飛び掛かって来られて、思わず叫んじゃいません~?ほら、一緒でしょ~?」
「え?えーと、ま、まあ・・・」
眉をひそめて嫌悪感に体を震わせるセレスティアに、思わず頷いてしまったけど、魔王ってそんなゴキと同列に語られるような存在じゃないよね?
セレスティアはハァと溜息を付く。
「これまで魔王が発生するたびに、勇者を生み出して魔王を駆除させて来たんですが~、もう何度も駆除して来て耐性が付いたのか、今回の魔王は実にしぶといんです~。だから勇者も3人に増やしたんです~。なのに未だに駆除できていない有り様で~」
「はぁ・・・」
耐性が付いてしぶといとか、駆除ってもう完全にゴキ扱いじゃん、それ。でも簡単に叩き潰せるって言ってた勇者が3人もいるのに倒せないってことは、やっぱり魔王らしく強いのかな。
しかしなんでそんな話を、日本で平凡な、まあちょっと引き当てる男運は悪いかもしれないけど、一応幸せな人生を歩んでる一般人の私にするわけ?
異世界もののラノベが大好きな中高生にすればいいじゃん。
きっと喜んで聞いてくれるよ?
意図が読めずに戸惑っていると、セレスティアは急に私の手をぎゅうっと握って言った。
「そこで~!異界の聖女の力を借りて、勇者一人一人のステータスを底上げすることにしたんです~!そしてその力を持つのがあなたなんです、佐藤乃愛さん~!」
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