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1.わたしらしく
目の前にいる見知らぬオジサンは、私の顔を見ながら「男の子かと思ったよ」と言った。
男の子かと思った、とはつまり、男の子っぽい女の子のことを指す。
気まずくて私は、苦笑いをしてごまかした。
「いや、鈴木は男ですよ、種山さん。鈴木慎一郎、新入社員です」
上司の平野部長は、顔色を変えずに訂正した。
種山さん、と呼ばれた見知らぬオジサンは、顔を真っ赤にした。勘違いしたことが恥ずかしいらしく、「けしからん!」と言った。…ように聞こえた。
「こんな女みたいな男に、仕事が務まるのか!男ならもっと男らしくしろ!」
私はうつむいた。
男らしく。
もうすぐ二十歳になる。子供の頃からさんざん言われてきた。それでも慣れない。
豪快に笑ったのは生産部リーダーの曽根さんだった。30代前半の、がっちりした爽やかイケメンだ。
私のことを笑ったのだと思った。
男のくせに女の子と間違えられるなんてね、あはは…と曽根さんは笑ったのだと思った。憧れていただけに、かなりショックだった。
でも違った。曽根さんは、
「鈴木は鈴木らしくしているだけですよ」
私は曽根さんを見た。
曽根さんは、くりっとした目を細め、大きな口には並びのいい綺麗な歯が見えた。
「男らしく、なんて言うなら、種山さんこそ男らしくここにサインしてくださいよ」
第二会議室内の空気は張りつめて、ぱんという音を立てて破れた。
「わっはっは。曽根くんに言われちゃ敵わないなぁ」
見知らぬオジサン…種山さんは、用意されたボールペンでA3サイズの契約書のような紙に文字を書き始めた。
『鈴木は鈴木らしくしているだけですよ』
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