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ガイドの実
「さっきのアズウィルド様、カッコよかったね。クロくんのこと、みんなの前で大切だってハッキリと仰ってたわ」
『……うん』
コクリ、とクロは頷いた。
さっきも、今ひとりで戦おうとしているのも。
(アズウィルドは、すごくすごく、カッコいい)
ニンゲンの姿ですらない、ばけものけだまのままのクロのことを、クロ自身が一番恥ずかしく思っていたのだとクロはようやく自覚した。そんなクロのことを、アズウィルドは。
(唯一、だって。そんな風に、言ってくれた……)
ばけものけだまは、涙を流せない。
でも、じんわりと目元は熱くなって、いろんな感情がクロの中に満ちていく。
暴走したセンチネルたちも鎮圧し、もう大丈夫。
そう思った時、クロは何か不思議な気配を感じた。
(これ、アズウィルドたちが力を使う時と似てる)
クロには名前が付いている異能は今のところないが、腐っても一応魂獣に入るからか、アズウィルドたちが力を使う時の前触れには敏感なことに最近気づいた。こちらに背を向けているアズウィルドの力ではない。エレノアの腕の中からキョロキョロと見回して、その力が漂ってくる根源を見つけた。
『あいつ! センチネル、使うつもりだ!』
「クロくん⁈」
クロが勢いよく飛び出すと、今まで大人しく保護されようとしていた魔獣たちまでもがクロと共に駆けだす。そのうちの一頭がクロを頭に乗せてくれたおかげで、ステージの陰に隠れていた若い貴公子に一気に駆け寄ることができた。
『つっこめー!』
「うわあああっっ、なんだ、これは!!」
魔獣の頭から飛び出し、まんまるのけだま状態で勢いよく貴公子の顔に向かってアタックする。男がアズウィルドに向かって放とうとしていたものが、クロの身体を掠める。顔面を襲われた男は昏倒し、魔獣――いや、魂獣仲間たちが一気に抑えにかかった。
(よかった! アズウィルド、守れた!)
仲間たちに『ありがと!』と声をかけると、魂獣たちは得意げに尻尾を振って返してくれる。
「クロくん! 大丈夫⁈」
「さっきまで魔獣に堕ちかけていた魂獣たちが、こんな風に動くなんて……奇跡を見せられているのでしょうか、私は」
エレノアと知らない顔のニンゲンの男が駆けつけてきた。男は信じられない、とぶつぶつ呟いている。
「ええと……彼がヴィンター公の魂獣殿、でしょうか?」
「そうです、エヴァン卿。クロくんは他の魂獣たちも元気にする、すごい子なんですよ!」
エレノアに頭を撫でられて、クロはまた照れた。
「なるほど、確かにそうみたいですね。ほら、ご褒美のガイドの実ですよ」
『おれはいらないよ! みんなにあげるんだ!』
男から手渡された小さな籠に入っているのは、艶やかで赤い実だ。
この施設の中にいる魂獣たちは、力を無理やり使わされても、あえてガイドの実を食べさせてもらえずにいる。一個でも多い方が嬉しいよね、とホクホクしながら籠を仲間たちのところに運ぼうとして、クロは途端に動けなくなった。
いつもならレッツダンシングしながら、なんて気分なのに、さっきセンチネル男にアタックした時に怪我した部分から、どんどんと痺れが広がっていく。
パタン、とクロはうつぶせに倒れた。倒れても、けだまはノーダメージのはずなのに、コロコロと転がっていくガイドの実を追いかけることもできないくらい、痺れがひどくなる。
(び、びりびり……からだが、びりびりする)
でも、こんなビリビリをアズウィルドが味わうことにならなくてよかった。
ビリビリしているアズウィルドは、ちょっと見たくない。
多分……いや、絶対に表情には出さなさそうだけど。
「クロくん!」
クロを抱え起こしてくれたのはエレノアだ。だいじょぶ、と言いたいのに口の中もビリビリしている。クロはニコッと笑おうとしてみたが、エレノアが驚いた顔になってしまったので、笑うのには失敗してしまったらしい。
「もしかしたら、先ほどのセンチネルから何か毒性のある攻撃を仕掛けられたのかもしれませんね……魂獣の異常には、ガイドの実一択です。自分は魂獣の治療は専門ですのでご安心を」
エヴァン卿、と。エレノアにそう呼ばれていた、メガネのニンゲンが、エレノアの代わりにクロを抱えた。そして、あの艶やかな実をクロの口に無理やり押しこめてくる。
(おれ、いらないよ!)
これは食べてはいけないと、体中が『いらない』の大合唱をしている。
頑張って歯を喰いしばり、必死に顔を背けているのに、エヴァン卿というメガネは引いてくれない。
「異常状態の魂獣など、ヴィンター公にはただの迷惑ですよ」
「エヴァン卿、そういう言い方はやめてください!」
ヴィンター公。アズウィルドのことを持ち出されて、クロは観念して口を渋々と開けた。食べやすいようにと実を割ったものを口に入れられているうちに、アズウィルドが来たのをエレノアの反応で知った。
「申し訳ありません、アズウィルド様。私がお預かりしていたのに、こんなことに」
「いや。ああなったら、クロを留めるのは私にも難しかったと思う。クロは――」
アズウィルドの声だ。
最後まで飲みこんで、というエヴァンの言葉を信じてガイドの実を飲みこもうと頑張る。まだ絶賛ビリビリ中だが、少しでもアズウィルドに近づきたくて、クロはまんまるけだまになって転がっていこうと考えていた。
(あれ……からだのなか、すごくすごく……あつくて、いたい!)
ガイドの実。最後までしっかりと飲み込め、食べるんだとメガネに言われたけれど、こんなにも苦しくて辛いのに、飲み込まなくてはいけないのだろうか。他の仲間たちが食べている時は、みんな尻尾を振りながら嬉しそうに食べていたのに。
『アズうぃ……ど』
「クロ?」
体の中の熱くて痛いものをどうにかしたくて、クロはもがいた。異変に気づいてくれたアズウィルドが、エヴァンからクロを奪うように引き取ってくれたのでクロはほんの少し、ホッとする。しかしそれも束の間で、熱くて痛いものが一気に体の中を這い上がってきて、血となってアズウィルドの甲冑を汚してしまった。
「クロに何を食べさせた⁈」
「自分はガイドの実を与えただけです! だって、これは魂獣なのでしょう?」
「勝手な真似をするな!」
なんて、アズウィルドがエヴァンに感情的に怒鳴っている。こんな風に怒ることあるんだな、なんてぼんやり思いながら、クロは少しでもアズウィルドの甲冑を汚してしまった自分の血を拭いたかった。が、どうにも力が出ない。
「エレノア、ディン、この場は任せる」
承知しました、と二人が返事した。大きな体だから、もう一人は副団長だろう。
「ヴィンター公。畏れながら、自分は宮廷で魂獣の管理・医療を担当しております、従獣官の一人です。先ほど、その魂獣が接触した魔獣たちに異変が起こる様子を見せていただき非常に興味を持ちました。ぜひ同行のお許しを」
エヴァンの声を聞いていたら、ガイドの実の味を思い出してしまい、勝手にクロの身体が震えてまた血が出た。そんなクロの身体をしっかりと抱えなおしたアズウィルドが、「許可できない」とハッキリ断ってくれたのでクロは安堵して、かたく目をとじアズウィルドに身を委ねた。
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