ばけものけだま

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ばけものけだま

(なるほど……ニンゲンに好かれるには、これを……こうして、こうだっ!)  クロは真剣だった。  自身の身体をふりふりと動かすと、黒いけだまみたいなふわふわの毛が、クロの動きに合わせてゆらめく。窓ガラスには、猫くらいの大きさをした真っ黒なけだまが激しく踊る姿が映し出されていた。我ながら、上出来ではないだろうか。 (ニンゲンは、こっちから近づいて、しかも面白い動きをすると笑って喜んでくれる。きっと、気に入ってくれる! しかも、ダンスはみんな大好きだ)  ここにくるニンゲンたちが喜ぶ仕草の研究を始めて、ようやく実践できる段階まで辿りついた。ニンゲンに気に入ってもらえれば、ここから出て窓ガラスの向こうに広がるあちら側に連れて行ってもらえる。あの場所に行ける。  クロは自分がかつていた小さくて暗い場所よりもずっと、ここの方が好きだ。それでも、窓ガラスの向こうに見えるたくさんのお店や、何よりもあの大きなお城に行ってみたくて仕方がなかった。なんといっても、お城にはすごい力を持つ『センチネル』もいるという。クロはどうしても『センチネル』に会ってみたかった。 「魂獣(こんじゅう)カフェへいらっしゃいませ~! お気に入りの子を見つけましたら、ぜひお声がけくださいね。抱っこもできますよ~」  扉についている小さなベルが鳴り、今日も新しいニンゲンたちがお店の中に入ってくる。テンインと呼ばれているニンゲンは、ひたすら高い声を出す。ニンゲンは大きいのから小さいのまでいて、みんなドキドキしていて、それからとっても笑顔だ。仲間たちも、愛嬌があるものは尾を振りながらニンゲンに近づいていく。たったそれだけで楽し気な笑い声が満ちていく。  今日のチャンスが目の前まで来ているのに、途端に緊張してしまい、クロはいつも通り柱の陰に隠れて気持ちが落ち着くのを待った。その間にも、昨日やってきたばかりの小さくて白い仲間がニンゲンに抱っこされて幸せそうにしている。少しの間そうやって過ごして、白いのを抱えていたニンゲンは突然キリッとした顔になりテンインを呼んだ。これが、儀式の始まりだ。 「あのっ、このコ! このコがいいです! このコと契約します!!」 「ありがとうございます〜。このコはあそこの説明書きにもありますとおり、水を扱う能力がございます。お庭があるおうちには便利かと! では、魂獣との契約の仕方についてご説明しますね~あ、ガイドの実も一緒にお買い上げを……」  この儀式を終えると、仲間の新しいおうちが決まる。あの扉から出て、外へと出ていくことができるのだ。 (よし……!)  まだうろついているフリーなニンゲンに狙いを定めると、クロは全力で回転しながら柱の陰から躍り出た。自分の全身の毛が激しく揺れる。クルクルとまわりながら、他の仲間たちがよくそうするように元気よく近づいていく。しかし、その先で起こったのは歓声ではなくどよめきだった。 「なにこの、黒いけだまのかたまり! 不気味だわ」 「けだまの化け物が、激しく踊っている⁈ 気持ち悪いな」  あれ。  空気が一変したのを感じる。何が起こったのか確認しようとして、クロは勢いよくこけた。全身、もこもこの毛に覆われているので転んでもノーダメージだが、今まで笑いや喜びの感情で満ち溢れていたカフェの中が、シンと静まり返る。  クロは自分と同じはずの、魂獣たちが使う言葉が分からない。しかし、ニンゲンたちの言葉は意味を持って理解することができる。だから、今ニンゲンたちが口々に放っている言葉も正確に理解できた。 (あれれ……また、間違えてしまったみたい)  恥ずかしい、という感情はクロにも少しだけある。  転んだまま起き上がることが怖くて、そのまま死んだふりをしていたい。むしろ、少し前に時を戻したい。そんなクロの気持ちが言葉なくとも通じたのか、魂獣仲間の誰かがクロの背中をくわえて、掃除用のモップみたいにずるずると引きずり始めた。 「なあに、あれ。お掃除しているみたいね」 「ほーなるほど! 面白いな」  カフェの中の空気がまた少しずつ明るくなり、元に戻っていく。引っ張られるのが止まったところで、誰かがポンポンと優しくクロの頭のあたりを叩いた。 『……ありがと』  お礼を言ってからちらりと周囲を見ると、そこはいつもクロが隠れている場所だった。もう、人間たちは一瞬現れた黒いばけものけだまのことなんて、一片も記憶に残っていないに違いない。  クロを助けてくれたのは、クロがやって来た少し後にカフェに入った友達の一匹だった。彼はトラという生き物に似ていて、キリッとした顔つきと大きな体がニンゲンには怖がられるというが、クロなんかにもとても優しい、穏やかな性格をしている。クロが人と同じ言葉を話すことができたなら、彼の性格のすばらしさをお話することができるのにな、といつも思う。  トラ、とクロが勝手に名付けた大きな彼は、ニンゲンたちなんて興味ないとばかりにクロの傍で寝そべり、昼寝を始めてしまった。そんなトラの頭のところまでよいしょ、と登っていき、クロは再びニンゲンたちの観察を始める。 「魂獣って、ふつうの動物とは違うの?」  質問してくる小さなニンゲンに、テンインが『魂獣とは』を愛想よく説明しだした。魂獣とは、異能力者(センチネル)と呼ばれる者たちが死んだあと、その欠けた魂が獣の形を成したものだという。だからそれぞれに生前持ち得た異能が残っていて、野生の獣とは違って理性を持ち、人を助け、人と共に暮らすことができる――そんな感じのお話だ。 (でもおれは、みんなと違う……)  その異能の強さは個人差があるが、どんなに小さな魂獣にも異能がある。だというのに、クロは異能と呼ばれるものを一切持ってなかった。じゃあ何かと言われれば、ただの黒い毛玉に琥珀色の目をしたばけものけだまでしかない。 『んわッ⁈』  トラの頭の上でしょんぼりとけだまだまりになっていたら、オオカミという生き物に似ているからオオカミとクロが勝手に名付けた友達までやってきた。クロの毛玉に鼻を押し付けたり頬のあたりをすり寄せてきたりする。言葉は分からないけれど、トラやオオカミはクロが凹んでいるとこうやって慰めてくれるのだ。 (せめて、みんなとお話できたらいいのに)  毛繕いをされると、くすぐったくて笑いたくなる。しかし、クロが笑い声を出すとニンゲンたちが怖がってしまう気がして、クロは仲間たちに『元気になったよ!』とポーズを決めてから、己の寝床へと隠れるのだった。
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