けだま、トゲ刺さる

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けだま、トゲ刺さる

「それってさ、アズウィルドが好きってことなんじゃないの?」 「もちろん、アズウィルドのことは大好きだよ?」  ライオンとクロの様子を見に来たというグレンとばったり出会い、クロは急いで甘いお菓子をグレンに押し付けながら先日のことを謝った。当のグレンは必死にクロが説明するまですっかり忘れていたようだったが、甘いお菓子を笑って受け取ってくれて、中庭でお茶をすることになった。  いくらニンゲンの姿をしているとはいえ、魂獣がニンゲンとお茶をする、というのもなかなか不思議な光景だな、なんて思う。 「うーん。そういうことじゃなくてさあ。挨拶ならともかく、寝ている相手にキスしたくなるなんて、それってしっかりとした恋愛感情が動いていると思うんだよね。あのけだまちゃんにそんな感情が製造できるスペースがあったとは驚きだ。それから、いくら魂獣とはいえあの男が自分の寝台に誰かを入れたっていうのも」 「おれの好きと、グレンたちの好きは違うの? やっぱりおれはニンゲンじゃないんだなあ……。グレンはさ、アズウィルドのガイドだったニンゲン、知ってる?」  半分笑って聞いていたグレンが、クロの質問に勢いよくお茶を噴き出した。クロの足元で寝そべっていたライオンが、迷惑そうな顔で薄水色の眼差しをグレンに向けている。 「ライオン、びっくりしたって」 「僕の方がずっと驚いているよ!! えっ、待って、アズウィルドが自分のガイドの話をしたの? クロに⁈」 「いたってことだけ。ええと、アルロっていう……名前?」  驚愕した顔になっているグレンに、一生懸命頭を回転させながらクロはさらに質問する。「名前まで教えているのか」というグレンの呟きに、クロは自分の想像が正しいことを知った。『アルロ』がかつてのアズウィルドのガイドだったと明確に教えてもらったわけではないが、これで間違いはないだろう。 「それで、アルロとおれの顔が似てるってことだよね。でも、アルロとアズウィルドは、あまり仲良くなかった?」  気を取り直すように、グレンは再びティーカップに口を付けるとゆっくりとお茶を飲み、それから「驚いたな」と繰り返した。 「まさか、アズウィルドがそこまでクロに教えるなんて思わなかった。でも、少なくともアズウィルドの方はアルロ殿のことは嫌ったりなんかしていなかったよ。というか、無関心というか……ああいう鉄面皮なところは昔からだしね。態度を硬化させていたのは、どちらかというとアルロ殿の方」  アルロ殿は、幸せとは縁遠い人生を歩んでいたからね、とグレンがしみじみとした表情で続ける。 「アルロは、どうしてアズウィルドとバイバイしたの?」  そう尋ねてみると、グレンの目がどこか遠くへと泳ぎ出した。その視線の先に合わせて、頑張ってクロも動いてみる。観念したようにちらりとクロを見てから、グレンは盛大にため息をついた。 「そんな目で見てもだーめ。僕はその場に居合わせたわけじゃないからね、真実を知らない者が面白おかしく話してはならない話だから。そうだ、アズウィルドはいつ頃屋敷に戻ってくるんだい? ガイドの実集めに、アズウィルドも参加してほしくてさ」 「ガイドの実? 魂獣のみんなが食べている、あれ?」 「そう、それそれ。我々センチネルにも必要だけど、魂獣を落ち着かせるのにも必要なものだからさ……って、魂獣のクロの方が良く知ってるか。王城の裏手にある森が一番実りが良いんだけど、今までよく実っていた手前の木にはほとんど実がついていない上に、今年は魔獣がやたら出没していてね。王城のすぐ傍だから、陛下もできるだけ大事にしたくないってお悩み中なんだよ。僕は攻撃特化型じゃないしさあ」  魔獣とガイドの実、という言葉にクロの耳がピクピクと動いた。 (ガイドの実は、とっても大切ってテンインも言ってたよ)  ガイドという存在の絶対数は少ないのに、それを上回るセンチネルやパーシャル、そしてセンチネルの魂と異能を引き継ぐ魂獣たちが理性を保って生きていられるのは、ガイドの実があるからだ。もちろん、ガイドそのものが使う力とは比べようもないというが、それでも多少力を使ってしまっても、ガイドの実を使えば次第に回復することができる。 「アズウィルド、お仕事忙しいからしばらくお留守って言ってた」 「そうか、まあそのうち陛下からお達しが正式にあるだろうけど――」 「魔獣相手なら、おれが行く! ガイドの実を持って来ればいい?」  はい? とグレンがはしばみ色の瞳を瞬かせた。しかし、クロは真剣だ。 「前にアズウィルドと森に行った時、魔獣逃げてった!」 「いや、そうかもしれないけど...飼い主(アズウィルド)がいないのにダメだよ。この間の森の時とまったく同じ状況になるとは限らない。魔獣はね、魂獣の中にあるセンチネルの力が好物なんだ。魂のかけらごとムシャッと食べられちゃうんだよ、怖いでしょ?」  それなら余計に、クロが行った方が理にかなっている。  なにせ、クロにはセンチネルの力と呼べる異能など無いに等しい。だが、グレンも折れてはくれなさそうで、クロは諦めるふりをしてみたが、グレンはまだ訝しんでいるようだ。 「実はこっそり行こうなんて思ってないよね? 念のため、元の姿に戻しておくか。あとはアズウィルドが戻ってきたらにしよう。ね?」  そう言ったグレンによって、またもクロはまっくろけだまの姿に戻ってしまった。久しぶりにこの姿になると、己の視線の低さに軽く絶望してしまう。 『グレン! 行かない、行かないからニンゲンに戻して!』 「キューキュー可愛く鳴いてもダメでーす。あのアズウィルドにやっと人らしい感情が戻ってきたかもしれないのに、君を失うわけにはいかないのだよ」 「グレン様、クロ様。お茶をお持ちしまし……あら?」  ハンナだ。  クロはびくりと全身のけだまを震わせると、急いで茂みの中に隠れた。ちょうど棘のある植物だったせいで、けだまのあちこちが引っかかってしまったが気にしていられない。そのまま無理やり、あちこちにけだまを引っかけながらも庭を突っ切っていくと屋敷の玄関近くへと出た。門は大きいけれど、今のクロなら隙間から逃げることができそうだ。 (こんな、ばけものけだまの姿、屋敷のみんなに知られたくない!)  まっくろな、醜いばけものけだま。  この姿を見て、悲鳴を上げなかったニンゲンの方が、数少ない。勢いで屋敷から外へと出てしまったクロは、とりあえず近くに停まっていた台車にある箱の影へと隠れた。しかし、すぐに人々が動き回り、馬が繋がれて王城のある方面へと走り出してしまう。 (これっ、荷馬車だった!)  大好きなアズウィルドやハンナのいる、ヴィンターの大きなお屋敷がどんどんと小さくなっていく。 (もう、かえれなくなっちゃうのかな……)  頑張って見ようとしても、少ししたらすっかりとお屋敷は見えなくなってしまった。クロがいなくなっても、きっと白いライオンの魂獣がサクッとアズウィルドの魂獣に選ばれるだけなのは、分かっている。クロよりも役立たずな魂獣を探す方が難しいのだから。 『あれ……なんで、こんなにチクチクするんだろう?』  アズウィルドに、笑顔を向けられる、自分ではない誰か。  本来なら当たり前のその光景が、どうしてこんなに苦しい気持ちになるのだろうか。 『あっ! さっきの、トゲ刺さってた! これは痛いよねっ』  えへへ、と明るく笑ってみても、一緒に笑ってくれる者は誰もいない。  トゲが刺さっていたところからは血が出ているみたいだが、けだまのせいで分からないし、ダメな自分のことなんてどうでも良かった。  すっかりと静かになったクロを乗せた荷馬車は、やがて王城へと入っていった。ニンゲンが近づいてくる音がしたので、慌ててたくさんある荷物の一つに潜り込んでやり過ごす。  また馬車はゆっくりと動き、やがてクロが入った荷物はどこかへと運ばれていった。
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