愚者たちの宴

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愚者たちの宴

『はなせっ! はなせってば!!』 「キューキュー鳴いても、無駄だ」  鼻歌を歌いながら歩くトウリョウの腕の中に、クロはいた。 (檻の中の魂獣たち、痛いこと、これ以上ないといいけど)  クロは、トウリョウによって縄でグルグル巻きにされた後、逃げ出せないようにと脇に抱えられてしまった。 「バケモノめ。ヴィンター公にも、早々に見限られたみたいだな。当然か、こんな醜さでは!」  アズウィルドに見放されたわけではない。この姿を誰にも見られたくなくて、急いで逃げ出したらこうなってしまったのだ。 (きっと、おれがいなくなったって知ったら……呆れられちゃうんだろうな)  その程度の存在だと切って捨てられて、終わる。  そんな未来を想像してしまい、己の妄想にクロは打ちのめされた。  トウリョウが歩いていくごとに、歓声が近づいてくる。ここに荷物として到着した時にも聞いた、殺伐とした声の集まりだ。ずっと静かな場所で生きてきたクロはそれだけで逃げ出したくなったが、視界が開けて、その歓声の正体が分かって。クロは全身を震わせていた。 「ハッ、バケモノも怖がるんだな」  トウリョウの楽しそうな声すら、かき消されそうなくらいの音。  クロが連れて行かれたのは、異様なくらい広い部屋だった。部屋というより、闘技場が室内にある、と言った方が良いだろう。石造りの床が無造作に並べられたステージが、よく見えるように設計された客席。トウリョウは客席の中でも一番高いところを歩いているのだが、石造りの床には魂獣らしき姿が垣間見えた。とっさに恐ろしい想像をしてしまい、縛られていない部分のけだまがぶわりと大きく膨らむ。 (まさか、魂獣たちで……仲間同士で、戦わせてる?)  魂獣たちが激しくぶつかると客席にいるニンゲンたちが歓声を上げる。奇妙なことに、どのニンゲンも仮面をつけ、そして上等そうな衣装を身に着けている。みな、貴族階級なのだ。 (魂獣狩りって、これが目的だったんだ……!)  トウリョウは迷いのない足取りで突き進み、やがて綺麗な布で仕切られたスペースに入っていった。護衛らしき甲冑をつけた騎士たちもあっけなくトウリョウを通してしまう。 「今宵はいかがです、デモンシー様」 「おお、ダンか! やはり、大型の魂獣は良いな。客たちの熱の入れようが変わる」  恭しくトウリョウが片膝をついて挨拶をした。デモンシー様、とトウリョウが呼んだ相手はもちろんクロは顔を知らない相手だったものの、小太りで全体的に豪華な装いをしている。その手に嵌る指輪の輝きに目を丸くしていたクロだったが、やがて自分に視線が集まるのを感じた。 「して。その、珍妙な生き物はなにかな。真っ黒だが魔獣か?」 「これでも一応、魂獣らしいですぜ。あのヴィンター公が契約すると言ったんで」  アズウィルドが? と怪訝そうにデモンシーが呟いた。どうやら、デモンシーという男はアズウィルドのことを知っているらしい。 「それはまことか? あの男は己のガイドが殺されても、魂獣どころかすべてのことにも興味を示さない冷血漢と聞いているが。まあ、恐れることはない。あれにはガイドが付いていない上にあちこちで力を振るっていると聞くからな。このまま勝手に自爆してくれれば、小賢しい王の一番の戦力が消えるのだ。このわたしから玉座を奪ったあの忌々しい兄弟めが! 無能な息子さえ、あんな愚かなことをして足を引っ張らなければ、今頃はこのわたしが王だったものを!」 「ええ、自分らがこいつを追いかけた時に、逃げ遅れた仲間の一人がしっかりと聞いていますんでね。どうせですから、こいつを使って魔獣誕生ショーでもやりましょう! ガイドの実を制限されてすっかり魔獣化した連中の前に、採れたてほやほやのガイドの実と一緒にコイツをぶら下げてやるんでさ。魔獣は魂獣とガイドの実、どちらに喰いつくか賭けにいたしやしょう!」  うむ、それは名案だ! とデモンシーが腹をたゆませて笑った。 (何が名案だっ!)  目を三角にして暴れても、彼らの笑いは止まらない。  それより、デモンシーという男もどうやら王族らしいと彼らの話題からクロは気づいた。そういえばどこかでその名前を聞いたような気もする。  魂獣は、人間の言葉を介さないと一般的に考えられている。クロみたいに仲間の言葉は分からず、ニンゲンの言葉を理解できる方が珍しいのだ。だからか、彼らはクロの前では油断し、堂々とあれこれ話し続けていた。 「まあ、こんなところに放り込まれているくらいだから、ヴィンター公には捨てられたようですが」 「構わん。あの男が契約しようとしたのが、こんな醜い化け物であったと笑いものにしてやる。それは貴族どもの口からこの国の社交界に広がり、宮中の笑いものになるのだ。ほんの少しではあるが、わたしの溜飲も下がるというもの」  アズウィルドの名前。  アズウィルドを傷つけることに、自分が利用されようとしていることを知ったクロは全力を振り絞って暴れたが、唐突にバチッという嫌な音がして、クロの視界は真っ白になりそのまま意識を失った。  即席の台の上から吊り下げられたクロは、目を覚ましてすぐ、自分の視界が逆さになっていることに気づいた。客席にはそれなりに人が入っていて、次はどんなショーが始まるのかと期待に満ちている。  魂獣を戦わせろと。  あえてガイドの実は与えず、魔獣に近い状態へと持っていく。そして魂獣と魔獣を戦わせ、それらを賭けの対象にし多額の富を得る。  この闘技場のからくりを、トウリョウが雇われたばかりらしい男に説明しているのを、クロは逆さに吊られた状態のままで聞いていた。ここに勤めるニンゲンたちは、みな顔まで覆う甲冑(プレートアーマー)をまとっているので、どんなニンゲンなのかクロには分からない。 (もしかして、魔獣が増えたのって……)  魂獣の力を使わせた後、ガイドの実を与えないようにし続ければ魔獣となる。ガイドの実が取れる森や、アズウィルドと一緒に入った森など、過去よりも魔獣の数が増えているということだったが、ここでは魔獣をあえて閉じ込めているように見えるので、それもなんだか違って思えて、クロは頭を悩ませた。  少し経つと、小さな箱型の檻に閉じ込められた魂獣――いや、黒い靄にほとんど全身を覆われているので魔獣かも――が数頭、クロが吊るされている所まで運ばれてきた。ニンゲンは自分たちの安全を確保するためなのだろう、出入口近くまで退避していく。 (くっ……やるならいつでも来いッ! まだガイドの実がけだまのどこかにあるはず!)  さっき使ったのは、二個。まだけだまのどこかに隠した分が残っている。いざとなったらそれをぶつけて、と戦術を考えているうちに、「皆さま!」と一人のニンゲンが、拡声器を持ちながら観客たちに呼びかけた。 「どうぞ、ステージの中央をご覧ください! なんとこの珍妙な魂獣、王弟殿下でもあられる我が国の英雄・ヴィンター公が、契約しようとしていたとか!」 『えっ、おれ⁈』  てっきり、パッカーンと魂獣の入った箱が空いたらデッドオアアライブな状況にすぐ陥ると思っていた。ニンゲンが面白おかしくアナウンスしたせいで、会場はどよめきと嘲笑が渦巻き始めてしまった。 「あんな醜い化け物が魂獣なのか?」 「アズウィルド殿下は本当に変わっていらっしゃるのね。美醜の判別のつかないお方なのかしら。残念だわ」  キモチワルイ。  ミニクイ。  クロ自身にぶつけられる呪文なんて、いつも通りだし『聞こえないふり』をしてしまえば良い。しかし、アズウィルドを貶めることなんて、絶対にあってはならない。あまりにも悔しくて、『違う!!』とクロは叫んだ。  違う。  自分が、アズウィルドの優しさにつけ込んだのだ。こんな自分にも優しくしてくれた彼のことを、悪く言うな! 必死にそう叫び続ける。 「ははは、ヴィンター公の名前を出したら暴れ始めましたね。もしかしたら、契約をしてもらえずヴィンター公のことを恨んでいるのやも。この心身ともに醜い魂獣と、ガイドの実に飢えた魂獣。さあ、生き残るのはどちらか予想願いますッ!」  進行役のニンゲンが片手を大きく上げた。  あれが合図なのだろう。箱の中から理性を失った魂獣たちが飛び出てきたら、ガイドの実をぶつけてやる。  そう決めて、振り子のように吊るされた縄を大きく揺らし始めたその時。トウリョウから説明を聞いていた一人が、長剣を抜くのが見えた。
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