悟ver.【一割引きに執着しましたか?】

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悟ver.【一割引きに執着しましたか?】

 やれやれと洗い物の片付けに戻ると、後ろから『ちょっとぉッ』と、鋭く不快を向けられ、驚いて(さとる)が振り向くと、先ほどの『一割引きオバさん』だった。 「苦い。これ、随分苦いんだけど? あんた、どんな作り方したわけ?」  やはり一割引きが適用されなかったことに、腹の虫が収まらないのだろう、今度はクレームだ。   「申し訳ありません──でも、そんな……」  そう口にしてしまってから、悟は『しまった』と思ったのだが、時既に遅し、   「なによあんた、お客に口答えする気?」  女はキチンと揚げ足をとって来た。激しく動揺した悟の様子に、勢い込んだ女は、ゴミ出しを終え、店に戻ったもう一人のバイトへ詰め寄ると、   「どんなバイト教育受けてんのよ? 責任者いないの? 本部の電話番号教えなさいよ」  自分の言葉にドンドン高揚するのか、次第に声も大きくなっていた。  面食らったバイト店員が、謝罪しながらも経緯を聞こうと女にヘコヘコ腰を折り、益々困った悟が、繰り返し謝罪で頭を下げていると、   「オバさん、バカじゃ無いの? 苦くないコーヒーなんて、コーヒーじゃないよ」  店内中ほどの二人掛け席で、文庫本を手にした、少女のように愛らしい容貌の少年が、此方へ顔を向けていた。   「何ですってぇ──」  相手が子どもと見て、女は負けじと声を張り上げた。   「聞こえなかった? 苦いのが嫌なら、コーヒーなんか頼むなって言うの」  ふん──と、顔を背向けると文庫本へ視線を落とし、   「公園で水でも飲んでれば良いのに。一割引きどころかタダだし」  吐き捨てるように言うと、店内から控えめな嘲笑が発った。 「な、なんて失礼なッ──」  これには堪らず、女は顔を真っ赤に染めて、荷物を抱えると店を出て行ってしまった。   「あ……ありがとうございました」  慌てて口にして客を送り出した悟は、少年に向けて『ありがとうございます』と頭を下げた。  眉を吊り上げて、お道化た表情を作って見せたその少年は、   「どういたしまして。あの人は、恥ずかしいってことを知ったほうが良いね」  詰まらなそうに長い睫毛の瞼蓋を伏せ、店内の大多数の客が、笑いながら言葉に頷いた。   ──それが悟と(うらら)の出会いだった。   麗はこの店の常連だったようで、悟のシフトが、何時もは夜からだったせいで、この時初めてお互いを認識したのだが、二人は年も近く直ぐに親しくなり、麗は悟の出勤時にも姿を現すようになっていた。話が進む内、現在高校三年生の麗が、悟の通う大学への進学を希望している偶然も知り、そのことが急激に二人の距離を縮めていた。   「N大は地学基礎と物理を念入りにね。この二つは、びっくりするくらい引っ掛け問題入れて来るから、どんな方向からでも困らないように──」  受験が近付くと、麗は暇を見て、悟の部屋を訪れるようになっていた。 「ねぇねぇ、悟はどうやってこの部屋見つけたの?」  県を一つ跨ぎ、通学には二時間近くを要する為、実家から出て独り暮らしに、このワンルームマンションを住居とした悟だが、当然簡単に決まったのでは無かった。
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