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「取材ですか」
「そうだ。もうすぐ、甲子園出場に向けての地方大会が始まる。その取材に行って欲しい」
南校舎の片隅にある新聞部の部長が新米記者に向けてこう告げた。
「しかし、意味ありますか」
「どうしてだ」
「だって、うちの野球部、弱小じゃないですか。いつも地方大会一回戦負け。そんな野球部の記事なんて、誰も読みたいとは思いませんよ」
A高校の野球部はとにかく弱い。四十年という歴史があるのに、まだ一回も地方大会突破を成し遂げていないのだ。その癖、練習量はめちゃくちゃするのだから、責めるに責めることができないのが現状。
「君の言いたいことは分かる。しかし、買っても負けても、我々には若者の青春を届ける義務がある」
「部長、何歳ですか」
「さぁ、ぐずぐず言っていないで、明日の取材の準備をしろ」
「……分かりました」
新米記者は憂鬱だった。
何で負けると分かっているのに、それをさも畏まって、取材をしないといけないのか。まぁ、もしかしたら、奇跡が起きて、一回戦突破なんてことがあるかも。
そう信じて、インタビュー内容を纏め始めた。
神様なんていない。
一対〇。
定石を崩すことなく負けた。
「ほらね、負けた」
わざわざ休日出勤までしたのに、何たる様だ。
しかし、命令には絶対だ。
記者は主将にインタビューをしにいった。
案の定、ベンチでは、主将を含めて全員が泣いていた。
「あの、キャプテンですか?」
「そうだ」
「私、新聞部の記者です。この度は何と言ったら良いのか」
「君、勘違いしていないか」
「はい?」
「我々が泣いているのは試合に負けたからだと思っていないか」
「……違うのですか」
すると、主将は涙を流しながら、笑みを浮かべて言った。
「嬉しいのさ」
「え」
「これでやっとあの辛い練習から解放されるのだから」
記者は一瞬、相手が何を言っているのか分からなかった。
「え、あの、その」
「甲子園を目指すための集中特訓は本当にきつい。何人もが血反吐をはき、倒れていく。そして、勝てば、まだ、その練習は続いてしまう。でも、負けてしまえば、それまでだ」
全国の野球部から殴り倒されそうな主張である。
「三年生はこれまで許されなかったヘアースタイルを楽しむことが出来る。また、普通に購買のパンを買うことが出来る。良い事尽くし」
ヘタレだ。ヘタレにも程がある。
「ただ、悲しいのは」
「何ですか」
「後輩がこの地獄を一、二年絶えないといけないのだと考えると涙が止まらない
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