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モヤモヤしていることは、もう一つ。
今日発売のRPGゲーム、“テイルロッド3”を、私はあと三週間手に入れられないということだ。ずっと待っていたテイルロッドシリーズ、本当は当日に手に入れたい。しかし悲しいかな、こちらは毎月三千円のお小遣いが生命線の女子高校生である。ソフトを購入するには七千円が必要。地道に貯めてはきたが、次のお小遣いデーまではどうしてもお金が足らないのだった。
「あ、こんばんは真琴ちゃん」
「こんばんはです、秋月さん」
自宅マンションに戻ってくると、エントランスで同じ五階に住んでいる隣人と出くわした。自称“古の腐女子”である、秋月未央さんである。専業主婦で子供がいない彼女は、平日の朝や夕方に遭遇することも少なくない人物だった。
彼女とは結構オタク会話もする。同じテイルロッドシリーズのファン同士というのも大きかった。
「ねえねえ、テイルロッド3買った?わたしはもうプロローグプレイしたんだけどー」
「ええ!?本当ですか秋月さん?早いな、いいなぁ!」
秋月はゴミ出しに行く途中だったらしい。その右手には、不燃ゴミと思しきビニール袋がある。うちのマンションはゴミ捨て場が屋内スペースにあるので、朝ゴミ出しをしなくてもカラスに悪戯される心配がないのだった。
「私は駄目です。お小遣い足らなくて……来月半ばまでオアズケなんです」
私がしょんぼりと肩を落とすと、あれまあ、と秋月は口をOの字に開けた。
「真琴ちゃん高校生だし、バイトしてないもんね。仕方ないか。あー、じゃあゲームの中身教えられないなあ。事前情報で出てる分以外は」
「言ってもいいですよ。私、ネタバレOK派なんで」
「じゃなくて、ゲームの規約なのよ。来月頭まで、ネタバレ解禁できないの。ネタバレの実況動画アップしても駄目だし、ネタバレ感想をTwitterで流すのも一切ダメ。知らない?」
「えええええ」
せめて、先んじてゲームのネタバレだけでも知っておきたかったのに残念で仕方ない。
ただ、確かにこのネット社会では、ある程度発売後の規制をかけておかないとネタバレ情報が溢れて未プレイ者の楽しみを奪ってしまうことだろう。私はがっくりと落ち込んだ。
「うう、残念……本当に何もかも来月までお預けなんて」
テイルロッドシリーズは、謎の地下遺跡を調査する調査団メンバーの冒険譚だ。1と2は同じ主人公だが、3からは主人公交代が告知されていた。今まで大人の男性だったのが、赤い帽子を被った少年主人公になったのである。私が見たことがあるのは、サイトに乗っていた主人公のビジュアルのみ。前作主人公やその仲間達がどうなったのか、などは一切不明の状態だった。前作ファンほど待ち遠しく感じていたのはそのためである。
「まあまあ。今時そういう配慮も必要だから仕方ないって」
秋月さんはカラカラ笑って私の肩を叩いた。
「来月の一日にはネタバレが解禁されるから、そしたらいろいろ教えてあげるよ。プレイする上で重要な情報とかもいろいろあるだろうしねー」
「……アリガトウゴザイマス」
とても残念だったが、仕方ない。それに、私はまだマシだと知っていた。同じテイルロッドシリーズのファンとして里穂がいるのだが、彼女は早くとも再来月までゲームを買えないというのである。別のゲームを今月買ってしまって、財布がすっからかんなのだそうだ。里穂よりまだ早く入手できるだけ、まだラッキーと思うしかない。
――せめて、早く来月になって!ネタバレ解禁早くこーい!前作キャラがどうなったか気になって仕方ないんだよ私はーっ!
心の中で喚きつつ。私は秋月さんと別れて自宅へ帰っていったのだった。
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