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第三話
「千里ぉ〜………愛してるぞぉ〜………」
なぜ弱いくせにこれほど飲むのか、と、カウンターに突っ伏したまま真っ赤な顔で恥ずかしい言葉を朧げに吐く父を、千里は細目で睨んだ。
まあまあと困ったような微笑を浮かべて、絹代はキッチンから出て、千尋の広い背中に茶色い毛布をかけてやった。
「やっぱり、一番寂しいのはこの人よねぇ………」
くすくすと上品な含み笑いをこぼして、絹代は温かい眼差しで千尋の寝顔を見つめた。
「……………」
その、どこか切なげな横顔を、千里はじっと眺めて、やがて父の寝息が聞こえると、静かに立ち上がった。
「絹代さん」
真剣味の帯びた声で呼びかけられ、絹代はきょとんとする。
その眼差しは、今までの少女らしさが掻き消えて、純粋なようで、いたいけでもなく、ただ、瞳の奥に強い光を宿していた。
「父のことを、よろしくお願いします」
深く深く、千里は頭を下げた。
絹代はその光景に大きく目を見開く。
「知ってます。絹代さんの父への気持ちも。父が、絹代さんを大好きなことも」
千里の滔々と述べた言葉に、絹代は、はっ、と息を呑む。
「分かりますよ。だって、家族ですから。ここも、私のもう一つの家だから」
千里は父に似た黒目がちな瞳を細めて、笑った。
「でも、この人ほんっとに親バカだから、私がいたらいつもいつも私のことばっかりで………こんなに素敵な絹代さんがいるっていうのに、ほんっ、と………バカ親父」
瞳を潤ませてもなお小さな笑顔を咲かせる千里を前に、絹代は震える両手を口に当てた。
「千里ちゃん………あなたまさか………そのために、家を………」
千里は少し困ったように、唇を綻ばせた。
「そんなっ! そんな心配しなくていいのよっ! だってあなたはまだ子供」
「大人です」
絹代の驚嘆の声を遮るように、千里は毅然と言い張った。
だけど、その声は切なさも通り越して、淡い喜色に満ちていたのだ。
「絹代さん、お願いします」
千里はもう一度、深くお辞儀をした。
「こんなわがままな娘ですが、愛する二人に、親孝行をさせてください」
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