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四話 至高の不死のお方
アインはだらしなく長い足をなげだした姿勢で、自身の居城、パンデモニウム城のテラスで至高の不死のお方のための玉座につき、大祭の開催を宣言する包帯だらけの男の頭の天辺を、見るともなく見ていた。
玉座に相応しい彫刻の如き体躯は、少年のものではない。黒髪には黄金飾りがごとき金のメッシュが入り、黒瞳には金の斑点が煌めいている。誰もが直視できないほどの絶世の美貌、赤い唇からは犬歯がわずかにのぞく。大祭の間だけと、そんなに好きでもない本来の姿をとっているのだ。
フィニにもまだ見せていないのに、と腹の底がもやもやしているが、自分では認めたくはない。
祭りの冒頭だけでいいから玉座にいてくれと泣きつかれて、渋々この姿でここにいるのだ。フィニが大祭を楽しみにしているから、二十年前から身を隠していたのを名乗り出て、こうなっている。後悔はしてないが、いろいろと煩わしくて、苛々としている。それだけだ。
子供扱いばかりでアインに欲を向けないフィニ。仕事ばかり優先で、おねだりしたあみぐるみは後回しにするフィニ。アインを前にして、彼氏が欲しいなどと言うフィニ。腹が立つ。けれど、絶対に、振り回されてなどやらない。
ひとりぼっちで過ごせばいいのだ。あの夕陽の目を潤ませて、しょんぼりと下を向いて、肩を落として泣くかもしれない。それはいい。寂しくなれば、また僕のことだけを考えてくれるだろう。
想像すれば、ゾクゾクとうなじが粟立った。獲物を追い詰めるような快感だ。だが、ほんの少し引っ掛かりがある。
もしも、もしもアインだけを見てくれるなら。アインだけを求めてくれるなら、そんな悲しい顔などさせないのに。
タイミングを見計らって、優しい顔で擦り寄れば、いっそう深くまで心を許してくれるだろうか。あの、ごちゃごちゃとしたオモチャのようなガラクタのような物たちのように、アインの穴だらけの心を、ぎっしりとみっちりと、埋めてくれるかもしれない。
その満たされた自分を妄想してうっとりしかけて、アインは我に返った。
大祭は、始まった。
けれどアインは、あれから一度もフィニの顔を見ていない。
寂しい。
今度は、魔の山の溶岩のようにドロドロと、粘着く執着が首をもたげる。
気に入ったなら、他の眷属のよくやるように、自分のものにしてしまえばいい。
いっそ血を吸い、肉を食ったなら、アインが死ぬまで、フィニはアインだけのものだ。
禍々しい気配を発する不機嫌な青年に声をかけたのは、これまた永遠ともいえる時を生きる、エンシェントヴァンプの貴婦人だった。白銀の髪を美しく結い上げ、初老の姿でも引き込まれるほど美しい。
ほかの位の低い妖魔たちは、この晴れやかな日に玉座付近に吹き荒れるブリザードに、なぜ……と、戦々恐々としている。
「マイロード、ちょっと、よろしいかしら」
「なんだ」
不遜な返事だが、アインはこれでも譲歩している。この貴婦人は、アインが聖極天の太陽に灼かれて仮死を得て、新しい肉体で蘇る、という暇つぶしの遊びをする時には、大抵パンデモニウムにかり出され、面倒な統治者としての役割を代替わりしてくれるからだ。
今回は、二十年まるまる任せてしまったので、多少は気を使う。
「わたくしのお気に入りのインテリアコーディネーターを、囲おうとなさっているとか」
ぴくり、とアインのこめかみがひくついて、階下の妖魔たちが川面の落ち葉のように揺れた。
「知らぬ。仕事はクビになったと聞いた」
「ほ、ほ、勤め先などどうでもようございます。わたくし、あの子の間の抜けた作品を見ていると、難しいことを忘れられるのですよ。あの作品たちに埋まって暮らす日を夢見て、この二十年、クソわがままなロードのために、頭が沸いたクソどもからの要求をさばき、クソな部下たちの仕出かす不始末を処理し、クソ陰鬱なこの城で過ごしたのですよ。ようございますか。あの子を囲い込んで、仕事を辞めさせるなんて愚かな独占欲を出さないでくださいませね。女性は閉じ込めると、本来の美しさを失いますよ」
「ババア、俺に命ずるのか」
「わたくしより先に生まれた方が何をおっしゃいます。よいですか、あの子のセンスの真髄を理解せず、惚れた腫れただけで受け入れたふりをして、実際はあの子の生み出すものなど塵とおなじだとでも考えているのなら、手放してくださいまし。――ましてや食ってしまえば、あの子はこの世から、消えます」
アインの黒金の眼が、下を向いた。至高の不死のお方、妖魔界の唯一の絶対的存在と呼ばれていても、どうしたらいいかわからないこともある。非常に稀なことだけれど。
レディの口調が、少しだけ、柔らかくなった。
「曙光の慈悲、夜明けのアインと謳われたロードが、なんというざまでしょう。意外と余裕がないのですわね。生き返ると、精神も幼くなるのかしら? でも、早く自覚してくださいましな。ロードに今更説くことではないのですけれどね、眷属はあなたの感情を察しますよ。くだらないプライドや劣等感を誤魔化さないで、輝く女性の横に立つ権利を正々堂々と乞えばよろしい。男と女は、対等です。いくら、ロードといえど」
「お前、フィニに仕事をさせたいだけだろう……」
お節介な世話焼きは、どこにでもいる。アインはうんざりと息を吐いた。
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