6話 Trick & Treatと、アインぐるみ

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6話 Trick & Treatと、アインぐるみ

 男たちをのして、警備隊に引き渡したところで、目の覚めるような美青年が焦ったように走ってきた。長い足であっという間に近づいて、フィニを覗き込み、よかった、と呟いた顔が、なんだか泣きそうだった。 「……アイン?」  まさか、と思いながら、確信があった。  だって、そのままだから。アインが、すくすくと成長したら、こんな極上の美青年になるだろうという、そのまま。でも、髪にメッシュが入っていたり、目に金の粉が散らされていたりするのは。  それに、コウモリ猫との会話。 「もしかして、アイン、ヴァンプなの?」  ヴァンプの一族は、ほかの妖魔の一族とは少し異なる。  傑出した力と永遠の生を持ち、眷属を増やすことができ、血族を増やす必要のない、孤高の一族だ。当然、一族の全員が、高位の貴族である。ダークエルフの地方貴族の娘であるフィニからすると、雲の上の人だ。 「それがどうしたの」  固い声でアインが答えた。 「今更、距離なんか作んないでよ。寂しがるのはいいけど、逃げるのは許せないから。それはしないで」 「う、うん、わかった」 「さもないと……え、わかったの?」 「うん、距離作られたら、寂しいもんね。私も、アインが来なくて寂しかったよ。連絡くらい、ちょうだいよ」 「う、うん。ごめん。ごめんね、フィニ」  おろおろと、アインが覗き込んで来る。いつもは伸び上がって来るのに、今日は腰を屈めているのがおかしくて、フィニはくすくすと笑ってしまった。 「アイン、格好いいね。どうしたの? 大祭用の仮装で大人になってるの?」 「あ! そうか、忘れてた。いや、うん、そう、仮装だよ。でもさ、何回も言ってるけど、僕は大人だからね」 「わかった、わかったって」 「信じてない! フィニ、ちょっと待って、まずケガを見せて」  それから、アインは散らばった幼虫や簪たちとフィニを軽々抱えてフィニの家に戻り、小さな傷までひとつひとつ、丁寧に治癒魔法軟膏を塗って治してくれた。  コタツに入って、大きな体に背中から抱え込まれて、優しく薬を塗られていると、猛烈に眠たくなった。 「眠いの? フィニは、この体になっても、ドキドキしてくれないんだね」 「うん、眠い。なんだか、すごく安心して」 「さっきの男たちみたいに、悪いことするかもしれないから、安心しないでほしい」 「いいよ、アインなら。仲直りしてくれたら。あと、ずっと一緒にいてくれたら。そしたら、何されてもいい」  眠さのあまり、幼児のようにぐずついたフィニは、その後記憶がない。  コタツでそのまま眠ってしまったらしく、翌朝はぎしぎしと体が軋んだ。  目の前には、少年の姿の戻ったアインが、少し口を尖らせてフィニの顔を見つめていた。 「え、ええ、アイン? なんで見てるの?」 「見てただけじゃないけど」  アインが指で摘んでいるのは、アインに似ていない、目の離れた不細工なアインのあみぐるみだ。 「あ、それ。似てないけど。欲しがってたでしょ?」 「うん。欲しかった。ありがとう」  にこにこしているアインは、なんだかとても上機嫌だ。美しい顔が、より一層輝いて見える。黒髪に金のメッシュと金混じりの目が、昨日のままだからかもしれない。  ――昨日の。 「あれ? 私あのまま寝ちゃった? そのあみぐるみ、私が出して渡したっけ?」  そんな記憶はないけれど、そうであって欲しいな、と思って確かめた。  見下ろした胸元が乱れていたのは、きっと寝てる間に狭いコタツで動いたから。そうに違いない。なのに。 「いい場所に入れてくれてるなって。僕へのプレゼントだから、ありがたく僕が取り出したよ」  少年のくせに艶めいた笑顔でそんなふうに言われて、真っ赤になってコタツに潜り込み、こもったまま暑さで熱中症になりかけるという大騒ぎをした。なぜか、アインはご機嫌だった。  翌日、大祭締め括りの二十年ぶりのイベントショー、Trick & Treatは、アインが自信満々で特等席で見ようと誘ってくれて、会場までの特別転移扉で連れて行ってくれた。ヴァンプの特権の強さに、フィニは目を回すばかりだ。  ショーは、まさかの最恐絶叫マシン系映像アトラクションだった。席も動く、風も吹く、重力がかかる。喉も張り裂けんばかりに叫ぶ妖艶な美女のフィニを、ずっと愛しそうに見る至高の不死のお方の話は、一晩のうちに妖魔界に広まり、あれは誰だと美女の詮索も進んだ。フィニの知らぬうちにそのトップニュースは両親まで届いていたのだと、後で聞いた。  本当に目の回ったフィニを、またもお姫様抱っこで運んでくれて、コタツで二人並んで仰向けに転がって、窓から大祭の終幕、ゴースト花火を眺めた。  それから。  好きなものの詰まったフィニの部屋で寛いでくれて、フィニの作ったあみぐるみを嬉しそうに持ち歩いてくれて、好きだと言ってくれてやきもちを焼いてくれる可愛いアインが、コタツの中で、そっとフィニの手を握って、 「ねえフィニ、僕は君を好きでたまらないから、僕のこと、同じくらい好きになってくれない?」  なんて言うから、もちろん!と答えてしまったわけで。  この時、フィニは、アインが、夜明けの光の方がまだ優しく殺してくれると恐れられ、曙光の慈悲と讃えられる至高の不死のお方その人だとは、気づいていなかった。ただの生まれることの稀な、昨今珍しい、若いヴァンプだと思っていた。  フィニもダークエルフとして長い寿命を持っている。もっと寿命を伸ばすことも、そう難しくはない。だから、のんびりこうして楽しんで、アインが大人になったら結婚して、なんて、楽しい想像をしていた。  百まで親元、親元離れて二十八年のぽやぽやしたフィニは、その決断に、後日何度か頭を抱えることになるのだけれど、概ね幸せで、果てしなく甘い、永い永い一生を送ることになる。 ☆  ところで、ある時招かれたアインのお家は、今の最先端。超絶スタイリッシュな内容のお屋敷だった。亜空間ゲートを通ってお邪魔したので、何処にあるのかはわからなかったけれど。周りにもたくさんの厳しい建物もあって、それはそれで、目の保養だ。  でもアインの亜空間には、気分によって取り替えられるように、趣向の違う居館がいくつも用意されているから、好きな建物を選んでいいし、どれでも好きなようにコーディネートしていい、と言われた。  唖然としたけれど、ワクワクした。仕事としてのコスト、成果、何も気にせず、好きなコーディネートにしていいなんて! 「ね、フィニのご両親もいいと言ってくれてるから、僕と一緒なら、異世界にも行けるよ。素敵なデザインを見て勉強しに行けるよ。早く結婚して、一緒に住もうよ」  なんとも魅力的な口説き文句。さすがアイン、けしからん少年である。いつの間に両親までコンタクトを取ったのだろう。  アインが可愛いので、なんでも許しそうになったフィニだったが、はたと気がついた。 「でも、実はエンシェントヴァンプのレディに依頼を受けていてね。忙しくなりそうだから、すぐには、ちょっと無理かなあ」  ぷう、と見る間にアインの頬が膨らんだ。  怒っている。わかっているけれど、フィニはついつい、その丸さを愛でて、そこに小さく口づけした。 「……フィニ、わかってやってるだろう」 「え、何が?」 「もういいよ。フィニがずっと一途にやってきた証だ。依頼は大事にしたらいい。そちらはそちら。……でも、とりあえず一緒に住もうよ。フィニの家を丸ごと移してもいいしね。で、僕たちの新居の内装も、よろしくね」 「ぼ、僕たちの新居」 「フィニの恥ずかしがるポイントって面白いよね」  だが二人で一緒に暮らすようになっても、数年経っても、結局一つの部屋に小さく収まって、二人でコタツに入って、蜜柑を食べたり、戯れあったり、お茶を飲んだり、オカンアートを生産したりしている。  とろとろと、アインの中に染み込むように、ふたりはくっついている。  やっぱり、フィニは幸せだ。
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