【一話完結・読切】

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【一話完結・読切】

ユメノが、この薄暗い地下シェルターで過ごすようになって、どれほどの月日がたったろう? カレンダーも時計もないから分からない。 コンクリート打ちっぱなしの10畳ほどの広さの密室だ。 蓄電池は100年は余裕で持つと、シェルターの主(マネージャー)は言っていた。 いつも一定の室温が保たれているし、冷蔵庫やトイレも使える。 ただし、パソコンやテレビはない。あったとしても、何も映らないはずだ。 世界は核戦争によって荒廃し、地上は生物の住めない死の灰に包まれてしまったのだから。 日常が奪い去られた"その日"のことを、ユメノはよく思い返す。 ユメノは、日本じゅうの男の子たちを熱狂させていたトップアイドルグループの中心(センター)だった。 全国をめぐるコンサートツアーの千秋楽の夜。都内の巨大ドームは、満杯のファンであふれかえっていた。 ステージが佳境に入り、ユメノはスポットライトを独り占めしながら、ソロパートを歌った。 露出度の高い衣装のスソをフリフリとはずませながら、軽やかなステップでステージの中央に向かう。 その途中、頭上で轟音(ごうおん)が鳴り響いた。 ハッと見上げた瞬間、落下してくる照明器具で、視界がいっぱいになり、激痛をおぼえるより先に意識がとんだ。 目覚めたときには、もう、この必要最小限の生活用品しかない密室のベッドにいた。 某国から核ミサイルが何発も続けざまに飛んできたんだ――と、ユメノの芸能事務所のマネージャーは言った。 ここは、彼の自宅の地下室のシェルターだと。 "最初のミサイル"で落下した照明器具がぶつかった影響で、ユメノの目は光に過敏になったそうだ。 ユメノ本人には自覚はないが。控えめなフロアライトも、そのためだ。 「水の反射」さえ視力を奪う要因になるというので、浴室は真っ暗だ。 ガラスの反射もよくない。だから、飲み物は黒塗りのペットボトルでしか飲めない。 マネージャーは、生き残った人間を探すため、毎日ガスマスクと防護服を身に付けてシェルターを出て地上に向かう。 その間、ユメノは、部屋の隅に大量に積み上げられたマンガをひとりぼっちで貪り読む。 それ以外に楽しみもないし、他にやることもない。 20冊ほど読み終わると、マネージャーが帰ってくる。 「今日も誰とも会わなかったよ」 そう言いながら、廃墟の街から持ち帰った日用品やフリーズドライ食品や別のマンガ本なんかを大型のキャリーケースから出して披露する。 マネージャーは、 「ユメノは可愛い本当に可愛い世界一のアイドルだ」 と、何度も繰り返し、毎晩ベッドでユメノを抱きしめる。 その日もマネージャーが出かけてから、ユメノはマンガを読みはじめ、すぐに戦慄(せんりつ)した。 マンガの巻末に印刷されている発行日が、ユメノのラストステージの日よりも新しいのだ。 ユメノは気付いた。 ――マネージャーはウソをついている。地球は滅亡なんかしていない。 ――あたしは、まんまとだまされて、ここに軟禁されていたのだ。 まんじりともせず待った。 やがてマネージャーがカギを開けて扉を開けた瞬間、ユメノは、両手にかまえていた食卓の椅子を振り下ろした。 ユメノは、シェルターを飛び出した。 地下の階段を上ると、物置小屋に出た。壁にガスマスクと防護服がブラ下がっている。頭がカッと熱くなった。 物置き小屋の扉を開けると、マネージャーの邸宅の裏に出た。 ユメノは、裸足で裏庭を突っ切って、道路に向かった。 なるべく大きな通りを目指して走る。 やがて、にぎやかな市街に出た。 やはり、この世の中は何も変わっていなかったのだ。 夕暮れの歩道を行き交う人々は、ユメノを見ると、みなギョッとなった。 悪目立(わるめだ)ちなフリルまみれのパジャマに素足という格好だから、ムリもない。 仮にトップアイドルのユメノだと気付かれていたなら、なおさらだ。 小さな女の子の手を引きながら歩く上品な女性の後ろ姿を選んで、ユメノは声をかけた。 「助けてください! あたし、誘拐されて……」 振り返った女性は、「ヒィッ」とノドを詰まらせると、女の子をサッと胸に抱き上げ、 「見ちゃいけません」 と、小さな耳にささやきながら、まろぶように走って遠ざかって行った。 ユメノは、愕然(がくぜん)と周囲を見回した。 いつの間にか、奇異と好奇の目が彼女をいっせいに取り囲んでいた。 スマホのカメラを向けて無遠慮に撮影してくる若い連中もいる。 混乱する彼女の脳裏を自尊心と共にひるがえった"有名税"という言葉を、 「化け物だ!」 という悲鳴が残酷に打ち消した。 ユメノは、フラフラよろめいた。 両手を伸ばして、近くのカフェのウィンドウにすがる。 店内の窓際のカップルが、ゾッとした顔でこちらを見ている。 そのとき、歩道の外灯にパッと明かりが灯った。 ユメノは、ウィンドウに映る自分の顔をひとりでに見せつけられた。 地下のシェルターに戻ると、マネージャーは、頭から血を流して横ざまに倒れていた。 ユメノは、一緒に血の海に横たわり、硬く冷たくこわばった体を背中から抱きしめ、静かに目をつぶった。 了
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