完全マスク解禁日

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完全マスク解禁日

とうとう、とうとうこの日がやってきた。 ウイルスから自分を守るため、そして人を守るため、私達はこの数年間、ずっとマスクをつけてきた。だけどついに今日、政府が認める正真正銘の「マスク解禁日」が満を持してやってきたのだ。世の中は歓喜に包まれ祝日扱い、会社も学校もほとんど休み。私も例に漏れず今日はお休み。いつもより念入りにメイクを施すと家を飛び出した。行き先はない、ただできるかぎり人の多く集まる場所にいきたい、このお祝いムードに私も乗りたい、そんなミーハー心で勇気をだして中心街を目指した。さぁ、さぁ、マスクをしてない人達、皆で心の中でハイタッチをしようじゃないか!!!と、早速記念すべき最初のノーマスク人が現れた。といっても近所に住む畑中のおばちゃんだった。「あらぁ、おはよ〜!お出かけ?」「うん、ちょっとね。」「気をつけてね〜!」慣れた会話もおばちゃんの久しぶりの100%の笑顔によって何倍も輝くもんだ。それから駅に向かう途中20人程の人達を見たけれど、私は思わず「なんで?」と呟いた。20人中の半数以上がまだマスクをつけていたから。もしかして皆、ニュースを見てない人達でマスク解禁日が今日だって知らないのかな?それとも私が間違ってる?…いやいや、そんなことない、だってカレンダーに丸をして毎日カウントダウンしたんだもの、間違えるはずがない。じゃあ、どうして…?気になるけれどさすがに初対面の人には聞けない。じゃあ、電車の中はどうだ。いざ、と現れた電車に乗って周りを見てみればさらに驚き。ほとんどの人がマスクをつけている。どうして、どうして?私がおかしいの?みんな浮かれてニコニコ笑顔が溢れているものだと思っていたから少しガッカリ。そうしているうちに私もなんだか気恥ずかしくなって一応持ってきていたマスクをさっと付けた。そういえば、と電車を降り駅を出て20分程歩いたところにあるというカフェに向かうことにした。ずっと気になっていたのだけれどなかなか足を伸ばせずにいた。だけど、今日こそあのカフェに行くに相応しい日だと直感した。人が多く行き交う大通りを出て、小道をぐにゃぐにゃと抜けると人気のない公園の側にある小さな小屋のようなカフェ。丁度お店の人が「open」の看板をだすところ。その人は私に気がつくと「いらっしゃいませ。」と微笑んだ。その温かさにすぐに「この店好き!」と喜んだものの、店員さんはやはりマスクをつけていた。こじんまりとした店内にはカウンター席しか用意されておらず、遠慮気味に一番奥の端に座ってメニューを手に取ると「メニューはホットコーヒーとドーナツのセットのみとなります。」とだけ書いてある。もちろんリサーチ済。この目でこのメニュー表を見たかったのだ。店員さんが「メニュー、これだけなのですが大丈夫そうですか?」と心配そうに覗く。「はい、知ってて来ました。お願いします!」「良かった。」また優しい目で店員さんが笑った。コーヒーの香りとドーナツの甘い匂いがふわふわと鼻をくすぐる。まだか、まだかと期待がピークに達したのを見計らったかのようにそれらは目の前に運ばれた。「ホットコーヒーとドーナツです。ドーナツにはメープルシロップ、ヘーゼルナッツソース、ベリーソースの中からお好きなものをかけてお召し上がり下さい。」とスペシャルな提案付きで。もちろんこのシステムも知っていたけれどソースは日替わりらしいので今日しか食べられないのかも、という特別感がまた気分を高揚させてくれる。しかしどれも美味しそうで悩ましく決められずにいると「全てかけても大丈夫ですよ。」という神の一言。きっと、写真映させるには一種類でシンプルにしたほうが美しいのだろうがそんなこと気にしていられない私はすぐに3種類を3等分に分けたドーナツそれぞれにかけた。「ドーナツ、フワフワですね。」思わず尋ねると「うちのドーナツはお豆腐を使っているのでとても柔らかく軽い食感になっているんです。」と。なるほど、体にも優しそうでまるで店員さんの人柄を現したようなドーナツだ。そしてもうひとりの主役、ホットコーヒー様もお手並み拝見。うーん、香ばしくて落ち着く香り。「ミルクはご利用ですか?」「いいえ、大丈夫です。」本当はいつもミルクを入れるけれど今日ばかりは少し背伸びをした。それも、ブラックが一番オススメだとリサーチ済だったから。マスクを外してマスクケースにしまうとコーヒーを一口。やっぱり苦い、けど嫌じゃないかも。メープルをかけたドーナツを一口。苦味のあとのメープルの甘さって感動モノだ。幸せがお口いっぱいに広がり「んんー」と思わず唸る。店員さんはまた優しい目で笑って、こちらも少し照れ笑い。誤魔化すように店員さんに質問してみた。「もうマスク解禁日なのに、街中まだマスクをした人がいっぱいで。まぁ、私もその中の一人なんですが。今日まで皆お祝いムードだったのに、どうして外さないのでしょう?店員さんは、どうして?」少し考えた様子の店員さんが「いろいろな理由があるとは思いますが…」と前置きをして答えてくれた。「私のように、職業柄すこしでも衛生的にしたいからと言う人や花粉症などのアレルギーから身を守る方、ウイルスが心配無くなったと言われても、やっぱり何があるかわからず予防したいと言う人もいれば、マスクを外すのが恥ずかしいと言う人もいるでしょうね。もはや服のような感覚ですから。」「たしかに、私も恥ずかしくなって途中でマスクをつけたんです。皆が外しているはずだから、と意気込んで外してきたのに、皆がつけているとまるで恥ずかしいところを見られているような。」「不思議ですよね、数年前まではたかがマスクだったのに今では当たり前にファッションの一部になっている。そして皆がつけている中で外すのは恥ずかしいという程に。皆さんのほとんどがきっと、お客様と同じですよ。皆がつけているから、自分もつけなければ、と。人間の心理とは本当に不思議なものですね。」「当たり前、から外れることに人間は臆病になるものですね。もう、マスクなんて必要ないのに…。あ、だけど当たり前を覆して良いこともありました、ブラックのコーヒーが意外と自分でも美味しく飲めるんだ、とか。」「それは良かったです。マスク解禁日はお客様にとってブラックコーヒー解禁の日にもなりましたね。」「そっちの方が私にとって、しっくりくるかも。」きっと来年から毎年この日に私はブラックコーヒーを飲むことになるのだろう、今日という日を思い出しながら。ヘーゼルナッツとベリーを順番に堪能したあとちゃっかりおかわりをしたブラックコーヒーをしっかり飲み干すと、店員さんにお礼を言ってお店を出た。また来よう、なんだか良い日になったな。今度はマスクをつけ直さず再び歩き出した。風の匂いがする、口元が涼しい、息もしやすい。こんな当たり前のこと、忘れてたなんて。
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