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君が壊れてしまったのは、突然のことだった。君が壊れてしまう、そのことは同時に、私たちが共に過ごす日々が終局を迎えるということと同義だった。
でも、君が壊れたての今、そのことに瞬時に思いを致すなどということは、酷というものだ。少し、時間が欲しい。
ただひたすらに、驚き、落ち込み、悲しみの視線を注ぐ。そんな感情を捧げるということが、もっとも人間らしい選択に思われた。
「まさか線ファスナーの方にガタが来るなんてね……」
手元には、本体部分には軽いスレがある程度のまだ新しく見えるカバンがあった。
見目新しいのに、ただ、線ファスナーだけの開閉ができない。左右どちらに引っ張ってみても、線ファスナーは閉まらないようになっていた。開閉ではなく「開き、そして開く」ことしかできなくなっていたのだった。
心当たりがないわけではない。
私の中ではセカンドバッグに位置づけたカバンという特質上、急ぎの用事で荒っぽく開け閉めしなけなければならない局面、した局面は、確かにあった。
A4サイズが入る、横長方形といった感じの、レザーのシンプルなバッグだった。艶は往年の感がある。
ダストボックスに大きく余るように突っ込まれた君の視線が、私にはとても痛く思われた。
さよならは声にならない。逃げるようにダストボックスの見えない、他の部屋へ逃げ込むこの背を、どうか、ありったけ軽蔑してくれればいい。
視線を受け止める覚悟を持てない私には、視界にはいない君からの思いを受けるすべは、それしか思い浮かばなかった。
(了)
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