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《精也の無縫》
同日の夜、草野精也は晴れ晴れとした思いで車を運転していた。
危うく転売がバレるところだった。宏美が勤めていたパン屋の店主が、精也の移動販売車でカレーパンを買ったからだ。
彼はしげしげとそのカレーパンを眺め、
「宏美ちゃんの知り合いか」
と訊いてきて、
「彼女がどこにいるか知らないか」
と言った。
精也は「そんな人知りません」と答えたが、店主は引き下がる様子がない。
「宏美ちゃんとはどんな関係だ」
「だから知らないって」
「嘘をつけ。このパンは転売したものじゃないのか」
「そんなことしてないっスよ」
どう突っぱねても聞いてくれそうになかったので、精也は一つの賭けに出た。
「ちょっと車の中を見てみてくださいよ」
そう言って車輌のドアを開け、車内に店主を招き入れた。
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