《精也の無縫》

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 客から見えない位置に置かれたポータブルDVDプレイヤーの画面。そこには、裸で抱き合う男女の姿。音は聞こえないが、(じゅう)(ぜん)のアダルトビデオが流されている。 「こんなのを商売中に見てる男を好きになる子なんスか、その宏美って子は」  その言葉は想像以上の効果があったようだ。パン屋店主が知る宏美は、こんな下衆な男を好きになる女の子ではない。 「すまない。つい、そうではないかと思ってしまった。無礼、まことに申し訳ない」  店主が謝ると、精也は微笑み返した。 「女の子って分からないモンですから。離れる理由とか、男には予想外の場合もありますし。でも、世の中には女子がたくさんいますから。実際僕も、親密にしている年上の女性がいまして。けっこう仲良くやってますよ。身体の深いところまでね。ぐふふ」  そして二人は頷き合い、しばしのあいだパン談議に花を咲かせた。  店主は自らを源田と名乗り、このカレーパンが自分の作る味によく似ていると褒めた。  それに対して精也は、「そうなんですか」と応え、 「でも、今日でカレーパン売るのやめるんです。次はホットドッグでもやろうかと思って、準備が整ったんで、また是非いらしてください」  にこっと笑い、話を締めにかかった。 「去る女は追わず、来る女は拒まず、ですよ。まあ、お互い頑張りましょうよ」  源田もつられて目を細め、二人はがっちりと握手した日暮れ前だった。 (了)
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