《源田の焦り》

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《源田の焦り》

 その日、源田店長は心がそわついていた。  妻の机の(ひき)(だし)に、記入済みの離婚届があったからだ。  こちらに(おち)()はないのだが、離婚されたらたまらない。いや、離婚すること自体は全くもって大歓迎だ。しかし、財産分与は絶対にしたくない。となると、身の潔白を証明し、いかに誠実であったかを述べる根拠が必要となる。  離婚届の下に、宏美と腕を組んでいる写真があった。実に子どもじみた遊びで、(やま)しい点などなかったが、それを理由に裁判に持ち込まれたら心証は悪い。未だ宏美と関係を持てていない現状、ふんわり匂う好意を捨てる真似もできない。  とすると、一時的に店を辞めてもらい、どこかのアパートで囲うしかない。彼女と離れた事実があれば、自分なら上手くやれると信じている。 「()()()」を「()()()」としてカレーパンを買い、転売していることは知っていた。それを突きつければ、彼女は言うことを聞くに違いない。  円満離婚をしてから宏美と再婚しよう。  源田はもう、彼女のいない生活は耐えられない。
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