バレた

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バレた

僕が橘ではないかと、中学時代には接点の無かった蒲田君に聞かれて、僕は何を考えているのか表情の読めないキヨくんに視線を飛ばしながら思わず頷いた。すると蒲田くんは満面の笑みでご機嫌に言った。 「やっぱり!?さっきどっかで見た事あるなって思ってたんだよ。この高校に進んだのって、平野と橘と川崎だけだったなって思ったら、もう橘にしか思えなくなってさ。橘は俺たちとはつるんで無かったけど、頭良いから皆に一目置かれてたんだぜ?」 僕は蒲田君に親しげに振る舞われて、どうしたら良いか分からなくなってしまった。すると、キヨくんが二人に、他の客が会計を待ってるからと声を掛けて廊下に連れ出した。蒲田君が連絡先教えてくれと僕に食い下がったので、突き放す事も出来ずにその場でID交換してしまった。 キヨくんに店に戻る様に言われてようやく解放されると、三浦君が僕の所に来て問題無かったかと尋ねてくれた。僕はさっきよりは遥かに明るい気持ちになってにっこり笑って頷くと、三浦君が僕の頭を撫でてもうひと頑張りだとハッパをかけた。 僕は三浦君みたいに他人を状況を見て気遣うこともできる人もいるのだと感嘆して、同時に自分ももっとしっかりしなければいけないと、気持ちを奮い立たせた。 そして店に入ってきた新しいお客さんに、今日1番の大きな声でテーブルに案内したんだ。僕にできる精一杯のことをしようと、夢中で仕事をしていると16時のチャイムが鳴った。 文化祭1日目が無事終わった。そこそこ片付けが終わる頃、キヨくんがお客さんの居なくなった教室の真ん中に立って言った。 「みんなのお陰で、今日は予想以上の儲けが出ました。特に目立ったトラブルはなかったけれど何事もないように、明日も気を引き締めてがんばりましょう。 メイドは各自ウィックを袋に入れて保管するようにしてください。脱いだ衣装は各自保管のこと。後メイクした人たちはここにメイク落としがあるので、落として帰ってください。まぁ、メイクのまま帰ってもいいですけどね。」 途端にみんながワッと笑った。僕は自分がメイクをしていたこともすっかり忘れていたので、キヨくんが持っているクレンジングシートの入った籠に目をやった。するとキヨくんが僕のことを見返してきた。 僕はお昼に逃げてしまったこともあり、思わず目を逸した。僕は他の人には勇気が出ても、キヨくんには勇気が出ない。それだけ僕はキヨくんに呆れられたくないと思っているのかもしれない。僕はすっかり幼馴染との関係をこじらせてしまったのだ。 さっきたこ焼きを一緒に食べていた時だけが、かつての楽しいひとときを思い出させるものだった。そんな事をぼんやり考えていた僕は、いつの間にか解散になっていたのに気づかなかった。するとキヨくんが僕の側に来て言った。 「今日は悪かったな。俺の友達がちょっかいかけて。…蒲田と連絡先交換してたみたいだけど、もしあれだったら削除してもいいよ。いや、面倒な事になるといけないから、削除して。あと、何か困ったことになった時の為に、俺のIDも登録しておいて。」 僕はなんだか早口になっているキヨくんを、面白いものでも眺めるように見上げて頷くしかなかった。 …キヨくんて、もしかして僕と仲良くしたいのかな。僕と同じように幼馴染のあの頃に戻りたいと思ってくれているのかな。僕はちょっと胸が温かくなった。
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