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キヨくんは委員長
「委員長、これってこのままでも大丈夫かな。」
僕は少し緊張してキヨくんに声を掛けた。キヨくんはこのクラスのトップオブトップというオーラを纏っている。キヨくんは眼鏡の奥から僕を一瞥して、僕が描いた看板を眺めた。文化祭の準備は佳境に入っている。
この学校は文武両道で有名なので、学校行事もかなり熱心だ。いつもは活動的ではない帰宅部の僕でも、高校三年生という最後の祭りに心が浮き立っていた。皆の盛り上がりにつられてしまった感も否めない。
執事メイド喫茶を出し物にした僕のクラスは、裏方と表方と半分に分かれて準備に勤しんでいた。メイドと言っても男子校なので、ゴリマッチョでもメイドで店に出る他なくて、それは一方で妙な盛り上がりを見せていた。
三浦君の様なイケメンは女装してもやっぱり美人で、文字通りメイド喫茶の看板娘だ。僕はクラスの中心人物たちが賑やかに盛り上がっているのを遠くから眺めながら、少しだけ羨ましくも思った。
「橘、看板のこの色、もう少しトーン上げられるか?ちょっと色が暗い。」
三浦君たちを眺めていた僕は急にキヨくんに話しかけられて、ハッとすると看板に目を戻した。キヨくんのスラリとした指はメイドの文字を指していて、僕は頷くと15cmも背が高いキヨくんを見上げた。
「うん。出来ると思う。ポスターカラーは上から塗り重ねられるはずだから。」
キヨくんは整った顔によく似合う、縁なし眼鏡の奥から僕をじっと見て言った。
「…なんで委員長って呼ぶんだ。」
僕はキヨくんの視線から目を逸らして言った。
「…え、だって委員長だから。じゃあ、描き直してくるね。」
僕は慌てて看板を持ち上げると、キヨくんの視線から逃れてペイントコーナーに逃げ帰った。他の大人しいクラスメイトたちと、地味だけど、大事な作業をするのは嫌いじゃない。クラスの一員だって感じがする。僕はまた忙しく指示を出し始めたキヨくんを盗み見ながら、僕たちはどうしてこうも違ってしまったのだろうと思い返していた。
僕たちは小さい頃、キヨくん、れいと呼び合って、いつも一緒に過ごしていた。昔からしっかり者のキヨくんとのんびり屋の僕は、同い年で家が近所だったせいもあって幼稚園も一緒だった。
親同士が仲良しだったせいもあるかもしれない。未だに母親同士は一緒に出掛けるほど仲が良い。でも、僕たちが仲良しだったのは小学校高学年までだった。
皆の中心になる秀でたキヨくんには、いつの間にか似たような、活発なタイプの取り巻きが出来ていた。彼らが運動神経も良くない、のんびり屋の僕を邪魔に思ったのは当たり前だったかもしれない。それでもキヨくんが僕を側に置こうとするので、僕は空気を読んで自分から段々離れていったんだ。
そんな僕にキヨくんは何か言いたげだったけれど、僕はキヨくんに迷惑を掛けたくなかったし、僕とキヨくんの世界は違っている事に気づいていたので、さっさと別の大人しくて気の合う友人たちを作ってしまった。今考えると僕からキヨくんの側を離れたのかもしれない。
中学校に入る前にキヨくんがわざわざ家に訪ねてきて僕に言った。
「…玲はなんで俺から離れようとするの。中学行ってもそうするつもり?」
僕はキヨくんの顔を見ることが出来ずにそっぽを向いて答えた。
「…僕とキヨくんは違うんだよ。僕と仲良くしたら、キヨくんにとって良くない。僕にとっても。僕、キヨくんの友達にこれ以上悪口言われたくない。だからもう、別々。分かるでしょ。」
するといつの間にか目線の変わってしまったキヨくんは、僕の腕をぎゅっと掴んで言った。
「分かった。玲がそうしたいのなら、そうする。だけど、高校は一緒のところだ。松陰高校。分かったか?」
僕はびっくりしてキヨくんの顔を見上げた。高校の事なんて小学生の僕には全然未来のことだったし、小学生の僕でも、その高校はとっても頭が良い人が行く高校だって知っていたからだ。
僕が返事をする前に、キヨくんはさっさと家に入ってしまった。僕はその時呆然とキヨくんの家の白い玄関扉を見つめていたのを思い出した。
なぜ今そんな昔のことを思い出したのか可笑しくなって苦笑しながらも、僕はその時のキヨくんの言葉に縛られて今ここに居るんだと思った。
僕は元々勉強は嫌いじゃなかった。かと言って、松陰高校は僕の手には余る偏差値の高校だった筈だ。その高校へ必死になって入学を果たしたのはどうしてなのか、僕はその本当の理由から自分で目を逸らしていた。
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