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「琴音!」
私が下を向いて涙を拭いながら歩いていると、後ろから大雅が息を切らせて追いかけて来た。まさか彼女を置いて来てくれるなんて思っても見なかったので、胸の奥がきゅっと締め付けられた。嬉しいけど、切ない、そんな気持ちが溢れそうになる。私は両手で急いで涙を拭うと、振り返った。
「ごめんな、せっかく心配して来てくれたのに、嫌な思いさせちゃって」
「大雅、あの・・・私、言ってないよ?誰にも」
「分かってるって、そんなこと。琴音は俺との約束、破ったことないもん」
大雅は優しく目を細めると、私の髪をわしゃわしゃと撫でた。妙に安心するこの手はずっと変わらないのに、彼は私を置いて、恋をしてどんどん成長していくのだと思うと、また泣きたくなった。
「秋月さんも悪気があって言ったわけじゃないんだ。ただ、ずっと嫌がらせされてるみたいだから、少し敏感になってるっていうか・・・」
「大丈夫だよ。分かってるから」
「あのさ、俺・・・琴音のこと、大事だよ。それはずっとずっと多分、大人になっても変わらないから。だから・・・」
「もういいよ、分かったから。ってか早く戻らないと、怒られるよ?あんまりいい気持ちしないと思うよ、彼氏が自分を置いて他の女追いかけてくの」
私はそう言うと教室の方へ大雅をくるっと向けて、背中をぐいっと押した。本当はこの背中を押すのではなくて、抱き締めてしまいたかった。しかし私にはそんな勇気なんてない。
「本当、ごめんな」と、喉の奥で呟いた大雅は、足早に優亜の元に帰って行った。その背中を見ながら私は、自分の片想いにそっと蓋をした。
それが十六歳の夏のことだった。
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