彼と私

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そしてよく覚えているのは、別れた後、大雅が号泣していたことだ。 たまたま母親から大雅の家におかずのおすそ分けを持って行くように言われて、大雅の家のチャイムを押した。家族が留守だったようで、だるそうに出てきた大雅の瞳は真っ赤に充血していた。 「ちょっと、どうしたの?目、真っ赤だよ?」 私が心配して顔を覗き込んだら、低い声で、 「⋯優亜と別れた」 と、呟いた。こんなに酷い顔をした大雅を、私は後にも先にも見たことが無かった。 「そっか。辛いね」 「うん、なんか思ったより、辛い」 「話、聞こうか?」 「⋯いい。ただ、ちょっとだけそばに居てくれない?今、みんな居なくて1人だからさ」 「ああ、1人でいると思い出しちゃって悲しくなるのね?」 「うん」 「いいよ。おばさん帰ってくるまでいてあげる」 あの時、弱った姿をなんの躊躇もなく見せてくれる大雅が愛しかった。そしてこんな大雅を見れるのは自分だけなので、やっぱり私こそが大雅の特別なのかも知れないと少しだけ舞い上がった。 「大雅、目、冷やした方がいいよ。次の日、腫れちゃう」 「うん」 「保冷剤とかあるかな?」 「うん、冷蔵庫」 そんなやり取りをしている時には、大雅はすでに涙声で、私が保冷剤を見つけて振り返った時には、瞳がだいぶ濡れていた。 「⋯ちょっと、本当に大丈夫?胸貸そうか?」 半分冗談のつもりで、私は大雅に向けて両手を広げて見せる。いつもの大雅なら、「そんなのいらねぇし」なんて言って、笑い飛ばす。しかしこの時の大雅は様子が違った。 「え?ちょっ」 彼は黙って私の広げた腕の中に入ってきて、強く抱き締めてきた。そして私の肩に顔を埋めて、声を上げて泣いた。大きな熊のように丸まった背中を、必死でさすってあげるしかできない自分が歯痒かった。 いつの間にか自分よりもずっとずっと大きく男らしくなっている大雅に、ドキドキした。身体を密着させて触れるのは、成長してからは初めてだった。こんな風に彼に触れる日を、私はずっとずっと待っていた。待っていたはず、なのに。 近くにいるのに大雅が酷く遠く感じた。私を抱き締めながら、彼は違う女の子を想っている。彼が私の腕の中で泣くのは、女として全く意識していないからだと、痛いぐらいに感じた。 「ねぇ、琴音はいなくならないでね」 「え?」 「こんな風に突然、俺の前からいなくなったりしないで。ずっと近くにいて」 突然、少女漫画のヒロインみたいなことを言う大雅に少し呆れながらも、私は「大丈夫。いなくならないよ。ずっとそばにいる」と、強く約束してしまったのだった。
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