私の秘密は、彼の背中

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 第一印象は、隣の席の、モテない男子。  一か月に一度は寝癖が立ってるし、制服の着こなし方もセンスがない。  彼のことを好きな女子なんていない。  話題の小説、映画、ユーチューバーも知らなさそうで、地味な友達とダルそうに話してる。  彼は、誰にも相手にされてないけど、いいところもある。  授業中、ボーッとしてる私は、指名されることが多い。  心臓が止まりそうな私に、英語の先生は「続きから読んで」とだけ言う。  私があたふたしていると、彼はどこから読めばいいのか教えてくれる。  彼の教科書を私に見えるように開いて、目も合わせず、トントンと軽く叩く。  だけどカッコつけて叩くもんだから、だいたい読む箇所がズレている。  私も予想しながら読むんだけど、それでも間違えてしまう。  先生が「そこじゃない! 一行下だよ」と正解を教えてくれたとき、彼は無反応。  謝ることも、責めることもせず、ずっと下を向いている。  先生は引き続き、「じゃあ、今読んだところを訳して」と言う。  私は英語が苦手だからわからないことがほとんど。  彼に助けを求めるけど、知らんぷり。  彼の態度から「和訳くらい自分でやりなよ」と言っているように聞こえるし、「わからなかったら、わからないって言えば?」と語りかけているようにも思える。  私はメンタルが弱いので、友達と喧嘩したときは、休み時間でも机でうなだれている。  そんなとき……彼は机にうつ伏せになって寝ている。  私と彼のまわりに誰もいないから、私たちは部屋の隅にいる、雛人形のような感じで、ちょこんと座っている。  男雛(おびな)は寝るつもりないのに寝たふり。  女雛(めびな)はみんなに見られているのが少し恥ずかしい。  修学旅行の班決めのとき、仲良しグループからハブられたことがある。今まで必死に話を合わせてきて、無理して嫌いじゃない人の悪口を言って、その子たちにしがみついてきたけど、私だけハブられた。  初日の夜、修学旅行なんて早く終わったらいいと思って、お風呂あがりに浴室の外にあるベンチに座っていた。  誰かを待っていたわけじゃない。  だってもう私の居場所はないのだから。  それでも、みんなに見える場所に座っていたのは、誰かに見つけてほしかったから。  彼は「男」と書かれた暖簾をくぐって出てきた。  頭にタオルをかけたままの彼は、私を見てからすぐに視線を逸らして、知らんぷりして通り過ぎて行った。  でもしばらくしたら戻ってきて、私の隣に腰をおろす。 「大丈夫?」と聞いてくれた。  私の心なんてわからないくせに……。 「他の人に変に思われちゃうよ?」と気を遣うと、 「そうかもね」と言った。  隣でスマホをいじりはじめた。  浴室から出てくる人がチラチラ見てくる。  男雛はずっとフリックしながら、スマホを見たふりをしてる。  女雛はみんなに見られているけど、ちょっとだけ嬉しい。  修学旅行が終わった後、教室で誰も近くにいないときに、 「この間はありがとう」とお礼を言うと、彼は黙ってうなずいた。  しばらくしてから席替えがあって、彼は私の斜め前の席になった。  もう話す機会はなくなってしまったけど、今でも私には彼の背中が見える。  そのたびに嬉しい気持ちになる。  彼のことなんて好きじゃないと思うけど、その背中の大きさを知っているのは私だけ。  みんな知らない、私だけの秘密。
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