空蝉、ヒーロー、ビックリマン

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 かっこいいヒーローには、誰もが羨むヒロインがいる。ありがちな設定だけど、僕のまわりには、そんな幼馴染カップルはいなかった。  僕は世の中を(はす)に見ていた子どもだったと思う。  ヒーローはかっこよくなければならない、ヒロインはかわいくなければならない、という偏った考えを疑わない社会が滑稽だった。こんな僕の幼馴染は、二学年上の淳くんだった。彼は目立つタイプではなかったけど、いつも僕を助けてくれる、地味なヒーローだった。  子どものころ、『ビックリマン』というアニメが流行っていた。社会現象にもなり、特に人気だったのがビックリマンカードだった。チョコを買うとカードが一枚ついてきて、友達とカードを見せ合っていた。その人気はすごくて、寂びれた、近所の駄菓子屋でもすぐ売り切れになるほどで、一人三個までという制限があったように記憶している。  ビックリマンカードの中には、レアカードがあって、持っているだけで、クラスの皆から羨望の眼差しで見られた。その光り輝くカードは、僕をヒーローたらしめた。  ヘッドロココのカードが、どうしても欲しかった。チョコを何個買おうが引き当てることはできなかったが、そんな僕に悪魔が囁きかけたことがある。クラスメートの一人がもっていた、ヘッドロココは、彼を裏切って僕のもとへやってきた。  彼は当然のように騒いだ。ヘッドロココを持っていたのは彼だけだったし、突然手に入れた僕に疑惑の目が向けられた。  僕は、自分で引いたと主張した。しかし、ぼんやりとした恐怖を感じるようになった。この罪は、嘘をつくたびに、雪だるまのように膨張し、いつか僕を喰らいつくすだろう、という強迫観念が生まれた。そんなとき、僕の変化に気づいてくれたのは、やっぱり淳くんだった。 「そんなことしたのか……。お前さ、どうするの?」と淳くんは聞いた。  可能ならみんなの記憶から、僕がヘッドロココを持っている事実を消し去りたいと思った。その所有欲はすでになく、賞賛の声を浴びたこともあって、ヘッドロココは目的を、存在価値を失くしていた。僕にとっては邪魔な存在になっていた。 「できれば、そのカードを返したい」と伝えた。 「お前、アホだよな。たぶんさ、その力ってのは使っちゃいけないんじゃねえの?」 「その力?」 「うん。みんなさ、同じ人間じゃん? お前がされて嬉しいことをしたら相手を喜ばせるし、お前がされて嫌なことをしたら怒るじゃん?」 「うん……」 「お前がしたのは、つかのまのヒーローになるために、悪い力を使ったってことじゃん?」  淳くんは言葉足らずのことがあるけど、彼の意図は僕に伝わった。  間違っていることはわかっているけど、今さら盗んだことを打ち明けるリスクを冒すわけにはいかなかった。だって、小学校の残りの期間、さらには中学、高校の期間と、盗人呼ばわりされるかもしれない。それはあまりにも重すぎる代償だからだ。  今日から正しく生きるから許してください、と神様に祈った。 「でも、今からじゃあ、言い出せないよな?」と淳くんが尋ねた。  僕が素直に答えたいと思ったけど、絶対に淳くんは怒ると感じた。覚悟を決めたとき──。 「……わかった。おれに任せろよ」と淳くんは言った。  レアカードを盗んでしまった、という謎の手紙が学校の用務員さんに届けられたのは、それから二週間ほど後のことだった。その手紙には、謝罪文とともに、新品のレアカードが封入されていたという。こうして、名も知れぬヒーローは、僕の罪を溶かしていってくれた。  しばらくすると、こんな噂を聞いた。  淳くんがビックリマンカードに興味を持ち始めた、というものだった。僕はその噂は嘘であることを知っていた。だって淳くんは、ヤマト王子やスーパーゼウスすら知らなかったのだから。 ★  僕と淳くんは大人になった。東京で会って、徹夜でお酒を飲んで、始発電車に乗って動き出すのを待っていた。 「淳くん、ビックリマンカードのこと覚えてる?」と尋ねた。 「ああ、内田がパクったやつでしょ?」 「あのときさ、なんで……あのカード引けたの?」 「なんだ、知ってたのか」と淳くんは笑った。 「淳くんは、僕のヒーローだね」と言うと、 「おっさんになって、まだヒーローとか言ってるのかよ」  僕が黙って聞いていると、 「ヒーローってのは困ったときに出てきて、必ず助けてくれるやつじゃん? だからこそ、若くて、強くて、かっこよくなきゃダメなんだよ。でもこの世界には、そんなやつはいない。ヒーローに別れを告げて、俺らはおっさんになるんだよ」  言葉足らずな部分は変わっていなかった。 「でも、日本と違って、アメリカのヒーローはおっさんが多いよ?」と僕が反論すると、 「……そう言われてみれば、そうだよなあ。やっぱりヒーローはいるのかな?」  僕の永遠のヒーローは頼りなさそうに言った。そろそろ始発が動きはじめるようだ。
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