one and only

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one and only

満月がキレイな、ある秋の夜。 いつもは別々に入るお風呂に、 彼、川瀬由貴が一緒に入ろうと言い出した。 この後もどうせ裸になるんだから、 今更恥ずかしいって思うのは おかしな話だが。 「何だよ、嫌なのかよ」 戸惑う僕、岸野葵を見た彼が 不満げに唇を尖らせたので、 「ううん。そんなことはないけど。 珍しいなと思ってさ」 と慌てて否定すると、 「一緒に入りたいの、ほら早く!」 と彼にせっつかれ、 僕は渋々シャツのボタンに手をかけた。 ちらっと横目で、手早くシャツを脱ぐ 彼を見る。 浅黒い肌、しなやかな身体のライン。 今夜もこの人に抱かれるのかと思うと、 胸が高鳴った。 彼は知らない。 僕が彼に、片想いしていることを。 彼とは俗に言う、セフレの関係だ。 男性も性的な対象にする彼と、 男性しか愛せない僕が抱き合うことに なるきっかけは、今年の春に遡る。 新卒サラリーマンの僕たちは、 その日初めて会社の飲み会に参加した。 といっても古い体質の会社ゆえに、 上司のお酌や周りの人の酒の注文が その時間の中心で、まともに食べたり 飲んだりする余裕はなく、 彼と役割を手分けし、 2時間半の接待を乗り切った。 だから2人で二次会をしようと 提案しあったのは、自然な流れだった。 「「お疲れ様」」 21時半。 飲み会の会場から程近い僕のアパートで、 彼とビールを傾けた。 同期入社とはいえそれまでプライベートの 話はほとんどしてこなかったのだが、 明日は休みという気楽さから話が弾み、 やがて性的な嗜好の話になった。 最初こそ好みのタイプを言い合っていたが、 「俺、まだ男性を抱いたことがないんだ」 と彼が言い出してから、会話の雲行きが 怪しくなってきた。 童貞卒業は18歳、23歳になる今年までに 経験した人数は8人だとカミングアウト した彼は、僕をちらちら見ながら、 明らかに僕の反応を確かめていたのが わかった。 「もしかして、男性経験あったりする?」 僕の童貞卒業は、彼よりちょっと遅い19歳。 初めてセックスした彼氏とは最近別れたと 告げると、興奮した様子で言葉を続けた。 「ぜひ一度、お手合わせを」 興味本位で僕を抱きたいことははっきり していたが、入社早々に彼に一目惚れ していたので、そう言われてしまえば、 僕としては断る選択はなかった。 ふと、元カレがくれた未使用の指サックと ローション、コンドームが棚の引き出しに 入っていることを思い出した。 「ちゃんと準備してから、挿れてね。 そこは、女性と一緒だよ」 「うん」 うなずいた彼が、僕をそっと抱きしめる。 一方、抱きしめられた僕は緊張していた。 「本当に大丈夫?震えてるけど」 僕の腕をさすり、心配そうに顔を覗く彼に、 ぎこちなく微笑んだ。 「いつもそうだから、気にしないで」 恋焦がれていた彼に触れられて、 震えない訳がなかった。 見つめながら彼の腕に触れ、キスを促した。 彼のキスは、とても優しかった。 「‥‥俺まで緊張してきた。しばらく、 キスしててもいい?」 「いいよ」 ゆっくり舌を絡めあわせ、時間をかけて 彼とのキスを堪能していたが、 見られている気配を感じ目を開けると、 彼と目が合った。 僕は唇を離し、苦笑いした。 「何で目を開けてるの」 「うん。かわいいなあと思って、見てた」 「僕、女性じゃないよ」 「関係ない」 再び僕に唇を重ねてきた彼は、 僕の身体をきつく抱きしめたかと思うと、 すっと身体を離し、僕のシャツのボタンに 手をかけた。 言葉はなく、僅かに衣擦れの音がした。 そして彼は指や舌、唇を使って、 積極的に僕の身体に触れてきた。 僕はその度に甘い声を出した。 「触って」 彼に手を取られ、導かれた先にあった ものは、硬く大きくなっていた。 優しく包み込むように口に含むと、 途端に彼は息を漏らした。 最後の一枚を剥ぎ取られた僕は、 横になって軽く足を開き、彼を待った。 適度に鍛えられた腹筋を持つ、 浅黒い肌の彼が僕の横に膝立ちになり、 あらかじめ渡していた指サックをはめた。 そしてローションを手に取り、 僕の大切な部分に擦り付けてきた。 「指、挿れるよ」 そう言って彼は慎重に指を当てがい、 つぷっと指先を挿れた。 「あっ」 思わず歓喜の声が出た僕に驚いた様子で、 彼は目を見開いた。 「え、大丈夫‥‥?」 「続けて」 ゆっくり彼の指先が出し入れされて、 その度に僕は鳴いた。 思いは違うが、彼と密度の濃い時間を 共有しているという喜びと、彼にこんな 淫らなことをされているという背徳感で、 身体中が感じていた。 やがて指先の動きが止まったかと思うと、 彼が自分のものにコンドームをつけた。 「ごめん、挿れるね」 「うん」 擦れる感触があり、彼が静かに入ってきた。 「痛くない?大丈夫?」 「大丈夫」 ゆっくり彼の下で揺らされ始めた僕は、 彼のもので馴染む箇所を見つけるために、 積極的に腰を浮かした。 「ヤバい‥‥気持ちよすぎる」 はあはあと荒い息を吐き、彼は僕の腰に 手をかけ、深く腰を落としてきた。 「んああああっ」 その瞬間、大袈裟ではなく彼の動きに 狂いそうになった。 ヤバいのは、僕も同じだった。 元カレよりも相性がいいと思った。 「声、出し過ぎだって」 「ごめん」 「おとなしそうな顔して、 すっかり開発されちゃってるんだね」 僕を試すような言葉を囁いて、 彼はまた腰を動かし始めた。 違うと声にならない声で否定しながら、 彼が与えてくる底なしの快感に、 打ち震えた。 彼との初めての夜から、今夜で7ヶ月。 以前より激しいセックスをすることが なくなり、もしかしたらマンネリ期? と思っていたから、一緒にお風呂に 入ろうと言われて戸惑いもしたが、 嬉しくもあった。 「あのさ」 「うん」 スポンジで身体を洗ってもらいながら、 彼の問いかけに返事をした。 「そろそろ、ケジメをつけないか」 それって、終わりにしようってこと? 唇を噛み締め、覚悟を決めた。 「‥‥キミが決めたことなら、いいよ」 僕の言葉を聞き、 シャワーで僕の身体の泡を落とした彼は、 笑顔になった。 「そうか。じゃあ、今夜で終わりだ」 やっぱり。 涙を堪えながら、うなずいた。 風呂を出て、沈黙を保ったままタオルで 身体を拭いていると、 「おい」 彼の声とともに、突然、頭の上にタオルが 降ってきた。 驚き、タオルを振り払い顔を上げると、 彼は少し怒ったような顔をしてこう言った。 「何か、勘違いしてない?」 「えっ」 「俺たち、ちゃんと付き合おう」 呆然とする僕を、彼は抱きしめた。 「ずっとセックスが先行してたけど、 お前がいちばん大切な存在なんだ。 初めてセックスした夜、覚えてる?」 「‥‥うん」 「今までセックスしたら冷めてた俺が、 初めてハマったのはお前。 寝ても覚めても、 お前のことしか考えられなくなってた。 だからずっと、ちゃんと言わなきゃって 思ってた。 ごめん、こんなタイミングで」 「うん。‥‥くしゃんっ」 「あ、マジでごめん」 晩秋の風呂上がり、裸で抱き合うには、 ちょっと寒いシチュエーションだった。 初めてセックスをしない夜を過ごしている。 彼とビールを飲み、肩を寄せ合いながら、 明け方まで映画を観た。 こんな何気ないことが幸せだった。 彼とはセックスしかしてこなかったから、 涙が出るくらい嬉しかった。 「ずっと、大切にするよ」 眠りにつく時、また彼に抱きしめられ、 僕は彼の胸の中で小さくなった。 彼の恋人になれて良かった。 彼の愛を感じ、幸せに浸る夜だった。
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