First Love

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First Love

最近、携帯番号を変えようかと 本気で悩むくらい、 立て続けに間違い電話や留守電が 入るようになり、困っていた。 4日前は、ある県の税務署から、 税金についての連絡。 折り返して、間違いだと伝えたら、 個人名を吹きこんでいたと恐縮された。 6日前は、お年寄りの声で、 孫あてに贈り物をしたので 受け取って欲しいという たどたどしい留守電が入っていた。 これも折り返して、 最初は孫と勘違いされたが、 何とか間違い電話だと理解してもらえた。 極め付けは、昨日。 『何度電話しても、 キミは出てくれないんだね。 でもキミに逢いたい。逢いたいんだ』 と、男性の切羽詰まった声で、 恋人と思われる人に 自分の想いを吹き込んだ内容を聞いて、 唖然とした。 これは正直、怖すぎて折り返せなかった。 何故、人は恋をするのだろう。 恋心を持ったことのない僕からしたら、 不思議でしかなく。 通っている大学の友人である佐橋に、 恋とはどんなものかを真正面から訊いて、 大爆笑された。 「マジか?!お前、恋したことないの?」 「いいじゃん。別に」 笑われるのを覚悟で打ち明けてみたが、 やっぱり言うんじゃなかったと思った。 「そういえば、合コンに乗り気じゃ ないもんな」 「あんなのは、もともと面倒くさい」 「バイト先に、いいなと思う子も、 いないの?」 「いないねー」 「そうか、なるほどね」 意味深な微笑みを浮かべた佐橋に、 眉を顰めた。 「何だよ、その顔」 「いや、そんな奴ほど、恋を知ると 変わるんだな」 「何を根拠に」 「お前の恋も、案外近いかもよ?」 「まさか」 預言者じゃあるまいし、と 呆れた僕をよそに、 佐橋は本気でそう思っているようで、 「じゃあ、賭けるか?川瀬由貴が 近日中に恋に堕ちるに、1000円」 と言った。 「ばかばかしい」 次の授業があるからと席を立った。 数時間後、恋の幸せを噛み締める 瞬間が訪れるなんて、思いもせずに。 夜10時過ぎ。 コンビニでのバイトが終わって、 自転車置き場でスマホの画面を 確認したら、 昨日と同じ携帯番号から着信があった。 留守電が入ってるんじゃないかと思い、 確認してみると、 非常に思い詰めた様子が窺える、 メッセージが入っていた。 『何度もごめん。 どうしても、声が聴きたい。 この留守電を聞いたら、電話ください』 さすがにこれは、 そのままにしておく訳にはいかない。 迷わず、折り返し連絡してみた。 呼び出し音が、数コール。 相手の安堵した声から、話がスタートした。 『もしもし、楓?』 彼女は楓さんというらしい。 手短に状況を説明し、電話を切りたい と思っていた。 「あの、違います」 『え、あなたは誰ですか?』 まあそうなるでしょうね。 咳払いをして、僕は話を続けた。 「この電話番号の持ち主です。 何度も間違い電話してますよ。番号を」 ところが、僕の言葉を遮るように、 『楓の、彼氏さんですか?』 電話の相手は、悲しそうな声を出した。 「いや、違いますよ?ちゃんと話を聞いて」 『残念です‥‥楓の代わりに、 あなたから電話をもらうなんて。 楓は、元気ですか?』 元気も何も、楓さんはここにはいません。 そう言って電話を切れば、 この相手のことだ、連絡がエスカレートし、 下手したら犯罪に巻き込まれたのかもと、 僕を犯人扱いにするかも知れない。 勘違い野郎を正してやらないと、 大変なことになると、腹をくくった。 「あの、ちゃんと説明しますので、 話を聞いていただけますか?」 『話も何も、僕は楓に選ばれなかった 身ですから。彼氏さん、楓を大切にして あげてください』 そう来たか‥‥ 彼の勘違いは、かなり根が深かった。 「あなたは間違い電話をしてきたんですよ。 僕は楓さんの彼氏ではありません」 そう言っても、 『間違い電話だなんて。楓が、この番号に 変わったとLINEしてきたんだ。 そんな訳がないでしょ?』 と食い下がってきた。 「そのLINEで番号を知って、一度でも 彼女に連絡がついたことがありますか?」 2度と連絡してこないでくださいね、 と続けようとした矢先、彼が明らかに 怒った声で、こう言った。 『お前、本当は誰だ』 「は?」 『楓は、女じゃない。男だ』 僕は脱力し、その場にしゃがみ込んだ。 『おい、お前、楓とはどういう関係だ』 気を取り直して、また彼を説得する。 「あの、改めてお伝えしますが、 あなたは間違い電話をしたんですよ」 『そんなことを聞いてるんじゃない』 「楓さんとは、何の関係もない人間です。 単なる間違い電話で、留守電にあなたの」 『絶対、許さねえ。お前、名前は』 完全に逆上している。 「あの、あなた、間違い電話したんです。 この電話番号は、楓さんの電話番号じゃ ありませんよ」 『警察、呼ぶ』 「え」 想像していた最悪の状況に陥ってしまった。 僕が黙ってしまうと、彼は笑って言った。 『楓は、渡さない』 怖すぎる‥‥。 それでも僕は、意を決して彼に問いかけた。 「あの」 『いいから名前を名乗れ。警察に 突き出してやるから』 「これから、会いませんか?」 今思えば、何故こんなリスクの高いことを 言ってしまったのかは謎だった。 明日か明後日の新聞の一面に、 『大学生、殺される』 と載らなきゃいいのだがと、 その時は悠長に考えていた。 自転車に乗り、駅に向かった。 電話を始めてから、1時間が経過していた。 今夜は、帰れるとは限らない。 最寄駅の市川駅から、電車に乗り込んだ。 ここから彼の指定してきた新宿駅までは、 総武線で1本だが、時刻表検索だと、 やはり途中の御茶ノ水で中央線に 乗り継いだ方が早いと出た。 向かっている間に、彼の怒りと思い込みが、 少しでも解消されているといいのだが。 新宿駅東口は、閑散としていた。 横断歩道を渡り、 アルタの前で待つという彼を探す。 該当する人物は、もうそこにいた。 「あの、川瀬です」 緊張する僕を睨みつける相手を見た瞬間、 この場には全く似つかわしくない感情を 抱いた。 「岸野です」 どうして、このタイミングで。 佐橋の預言をバカにしていた、 自分を嘆いた。 僕は、とうとう出会ってしまった。 初めての、恋の相手に。 「で?お前、楓の何なの?」 岸野葵と名乗った彼は、 僕を睨みつけたまま、核心に迫ってきた。 「別に、何でもありませんよ。 ただの携帯番号の持ち主です。 岸野さんが、楓さんにLINEで聞いた 携帯番号は、本当に合ってますか?」 「合ってると思うけど?」 「じゃあ、LINEを見せていただけますか?」 「何故見せる必要がある」 ムッとして、手に持っているスマホを ポケットにしまう彼に、僕はある予感を 抱いていた。 「もしかしたら、携帯に番号登録した時に 間違えたのでは?」 「そんなはずは」 「LINEと携帯のアドレス帳、見せて ください。間違っていたら、謝りますから」 「‥‥わかった」 スマホをポケットから出して、 彼は楓さんのLINEを見せてくれた。 「番号の下4桁は、8275ですね。 じゃあ、アドレス帳を」 「ああ」 登録されたアドレス帳の下4桁は、 8257だった。 「それ、確かに僕の携帯番号です。 単純な登録間違いだったみたいですね」 僕は説明しながら、安堵していた。 彼は恥ずかしそうに、本当だすみません‥‥ と謝ってきた。 「楓のことになると、ついカッとして」 「わかっていただけて、良かったです。 とりあえず、楓さんに連絡できそうですね」 そう言いながら、彼とのやり取りが これで終わることを寂しく思っていた。 淡い恋心は、淡いままで。 出会い方が間違っていたが、 確かに僕は一瞬でも人を好きになれた。 大学に行ったら、早速佐橋に報告しよう。 「あの」 ところが、すっかり険しい表情が 薄れた彼は、癖のある甘い声で 「まだ、電車あります?」 と声をかけてきた。 「微妙ですね。総武線の市川なんです。家」 「僕は、小田急線の経堂です。僕の方は まだ電車がありますが、ここまで来てくれた んで、川瀬さんに付き合いますよ」 「大丈夫ですよ?ネットカフェありますし」 「僕は大学生なので。授業も午後からです から、時間は大丈夫ですよ」 「大学生ですか。僕もです。ちなみに、 どこの大学ですか?」 「M大です。杉並キャンパスに通う、 2年生です」 「僕はH大、市ヶ谷キャンパスに通う、 同じく2年生です」 「偶然ですね。川瀬くんは、現役入学?」 「うん。9月で20歳になりました。 岸野くんは?」 「僕も現役入学。6月で20歳になりました」 「じゃあ、せっかくなので、朝まで付き合っ てくれる?」 「もちろん」 彼には楓さんという好きな人がいるけど、 友達にはなれそうだ。 もう少し一緒にいられることに、 心から嬉しさを感じていた。 朝まで喋り倒そうと、カラオケボックスに 入った。 お互い歌が苦手だったので、カラオケを BGMにしながら、ジュースで乾杯をした。 「楓さんとは、どれくらいの付き合いなの?」 「生まれた時から、だね」 「へえ。長いね」 「うん。大切な弟。今、高校2年」 「え?!弟?」 「どうしたの?川瀬くん」 僕は驚き、自分のスマホをテーブルに置き、 留守電を再生した。 『何度電話しても、 キミは出てくれないんだね。 でも、キミに逢いたい。逢いたいんだ』 癖のある甘い声が、心地よい。 って、そうではなくて。 「ねえ、岸野くん。弟に、こんな口調で 話すの?変わってないか?」 「ああ。去年から僕が独立して、楓と 離れ離れになったんで、2人で相談して 恋人ごっこしてる笑」 「何て、悪趣味な‥‥」 「川瀬くん、やっぱり誤解したんだね」 「そりゃあ、するよ?彼女かと思った」 「あはは、ごめんね。僕、ぶっちゃけ、 恋愛対象は男性だし。そういうの、 慣れてるんだ」 「え、そうなの?彼氏は?」 「今はいないよ」 「好きな人は?」 「うーん、いるようないないような」 なにげない会話の中で、彼の状況を 探っていた。 初対面では険しい表情が目立ったけど、 僕が一目惚れしたくらいだ。 長いまつ毛と透明な肌が、色っぽく見えた。 「川瀬くんは、彼女いるの?」 「いや、いないよ。というか最近‥‥ 初恋を経験した」 彼がぶっちゃけるならと思い、 勇気を出して僕もカミングアウトした。 「うわ、初恋かあ。 川瀬くん、理想高そうだもんね。 どんな人?」 え、そう来たか。 僕はドキドキしながら、彼の特徴を 話した。 「相手への思いが強い、優しい子かな」 「うまく行くといいね。彼女と」 あ、そうか。 僕の恋愛対象は、女性だと思っているのか。 「まあ、初恋は実らないともいうし。 こればかりは何とも」 そう心にもないことを言ったのは、 彼の反応を見るためだったけど、 彼はただ微笑んでいるだけだった。 「岸野くんの好みのタイプって、どんな人?」 「そうだなあ。切長の瞳で美形の人かな」 「へえ、そうなんだ」 どちらかと言えば、僕も切長の瞳だけど。 「美形が好きなんだ。ちなみに女友達の前では、僕はオネエに近い」 「カミングアウトしてるの?大学で」 「うん。仲のいい子たちの前ではね」 「そうか、それはすごいね」 「いまどきだよ。川瀬くんの周りには いない?男性なのに、男性を好きな人」 「い、いるよね‥‥きっと」 まさかここにもう1人いるとは言えず、 誤魔化した。 「川瀬くん。ジュース交換しない?」 「え、いいけど。飲みかけだよ」 「大丈夫大丈夫」 そう言うなり、彼は僕のストローで、 ジュースを一口飲んだ。 「あ?!」 間接キスだ‥‥。 どう反応したらいいかわからず、 彼を見つめるしか術がなくなった僕は、 彼が差し出すジュースをおとなしく 彼のストローで飲む羽目になった。 「どっちが、おいしい?」 微笑んでいる彼に、僕はぎこちなく 微笑み返しながら、黙って彼の ジュースを指差した。 展開に、ついていけない‥‥。 「川瀬くん、顔真っ赤だよ?大丈夫?」 「あのさ、岸野くんて共学出身?」 「うん。共学だよ。川瀬くんは?」 「僕は中高男子校だから。慣れてない」 「そうなんだー」 「共学の子たちって、これが普通なの?」 動揺を隠せず、息をついた僕に、 彼は首を振った。 「人による」 「共学関係なかったー」 「あはは。川瀬くんて、面白いね」 彼の笑顔に触れ、僕は幸せを噛み締めた。 片想いでも、こんなに間近で好きな人の 笑顔を見られて、僕はツイてる。 一時は恐怖を抱いた相手に、 一転一目惚れして、 今こうして笑い合えるとは、 数時間前までは想像していなかった。 少し眠いけど、この緩やかに流れる時間を、 また彼と共有したいと思った。 「川瀬くん。LINE交換しよ?」 「そうだね。うん、しよう」 お互いスマホを取り出し、IDを教え合った。 テーブルの上には、ジュースのグラスと スマホ。 何となく言葉が途切れ、空になったグラスに ジュースを入れに席を立とうとした時。 彼が、僕の肩にもたれかかってきた。 「あ、岸野くん?」 「川瀬くん、ちょっとこうしてていい?」 彼を見ると、目を閉じて少し疲れた表情を 見せていた。 まつ毛、長いなあ‥‥。 一瞬見惚れて我に返り、言葉をかけた。 「大丈夫?眠い、よね?」 「うん‥‥ちょっとだけ」 そう言いながら、眠りにつきそうな彼を 見つめていたら、彼に触れたいという衝動に 駆られていた。 僕の肩にもたれかかっている彼を そっと右手で抱えるように抱き、 ゆっくり彼の腕を撫でた。 ドキドキしながら、 しばらく彼の感触を確かめていたら、 彼が囁いた。 「もっと、触っていいよ」 その言葉を聞いて、 どこを?そして、どこまで? という疑問が全開になり、僕は彼に尋ねた。 「好きなところ、触っていいの?」 「うん。川瀬くんなら、大丈夫」 そんなこと言われたら、 絶対に期待しちゃいますけど? と、テンションが爆上がりした僕は、 考えたあげく、彼の唇に指先で触れ始めた。 男性とは思えない艶感のある唇に、 思わず吸い込まれそうになった。 「あのさ」 思っている以上に、声はかすれていた。 「何‥‥?」 彼が、かすかに息を吐いた。 「キス、しても、いい‥‥?」 今更もう、この衝動を 止めることはできなかった。 彼の返事を待つまでもなく、 僕は彼に顔を近づけ、 彼の細かく震えるまつ毛を視界の端で 確認しながら、そっと目を閉じた。 明け方の新宿を、2人手を繋いで歩いた。 「川瀬くんは」 「ん?」 指を絡ませながら、彼が微笑んだ。 「いつから僕を好きになったの?」 「まあ、はい‥‥出会ったときの、 一目惚れです」 テレながらそう答えると、彼は目を丸くした。 「あんな状況で?‥‥でもまあ僕も、 一緒にカラオケボックスに行く頃には いいなあって思ってたから、同じような ものかな」 「そうだったのか‥‥しかし岸野くんの アプローチは、すごいなって思った」 「根っからの恋愛体質なんで」 「‥‥他の人には、しないように」 そう言ってちらっと彼を見た。 「大丈夫だよ。安心して」 いたずらっぽく笑う彼を見て、 僕はまた満たされた気持ちになった。 大学に行ったら、 佐橋に1000円渡さなきゃな。 とりあえず、駅に着くまでは、 この恋人との時間を満喫しよう。 また、近いうちに会おうと約束して。
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